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■主日礼拝  
毎週日曜日 午前10時〜

教会学校
毎週日曜日 午前1115分〜
・幼稚科
・小学科(低学年・高学年)
・少年少女科
・青年科
・ペアレント科
・成人科

祈祷会
毎週水曜日 朝1030分〜
                  夜  730分〜
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投稿者 : webmaster 投稿日時: 2019-03-16 14:22:20 (59 ヒット)

✣ わたしたちのなすべきこと ✣

    もう10年以上も前のこと。『世界がもし100人の村だったら』(池田香代子編)という本が発行された。数字のデータは、10年前と今では少し違うかもしれない。だが大筋はそう変わらないのではないかと思う。
    「村に住む人びとの100人のうち20人は栄養がじゅうぶんではなく、1人は死にそうなほどです。でも15人は太り過ぎです。すべての富のうち6人が59%をもっていて、みんなアメリカ合衆国の人です。74人が39%を、20人が、たったの2%を分けあっています。すべてのエネルギーのうち20人が80%を使い、80人が20%を分けあっています。75人は食べ物の蓄えがあり、雨露をしのぐところがあります。でも、あとの25人はそうではありません。17人は、きれいで安全な水を飲めません。」「世界がもし100人の村だったら、この村でつくられた穀物を、平等に分ければ、すべての人が、1日2800キロカロリーの食事をとることができます。…もし、めぐまれた25人が、肉や牛乳やバターをたべるのを10%へらしたら、17人の栄養不足の人に穀物をまわすことができます」。
    イエスは、金持ちとラザロの話を通して今日の経済格差の問題や我々の生き方を考えさせる。聖書から聴きたい。

●3月17日 週報巻頭言  牧師  村上 千代


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2019-03-09 12:48:13 (53 ヒット)

✣ 関わりつづけるイエス ✣

    明日3月11日は、東日本大震災と福島第一原子力発電所事故から8周年を迎えます。「被災地」の方々にとって、もう8年なのか、まだ8年なのか、それぞれが複雑な思いの中にあると思います。多くの死を悼み、悲しみの中にある方々、先の見えない不安の中にある方々、未だ困難の中にある方々をおぼえて祈ります。
    わたしが「被災地」に行ったのは、震災と原発事故から10日後のこと。地域の方たちの避難所となっていた南光台教会を手伝うためでした。そして、仙台や石巻の津波被災地を訪ねた時の衝撃は言葉では言い尽くせません。言葉を失い茫然と立ち尽くしたのが昨日のように思われます。とくに石巻で避難所となっていた小学校は大混乱の中にあり、家族や親族、友人の行方を捜している方が多く訪れていました。各教室に貼りだされていた避難者の名簿の中に、捜している方の名前を見つけることのできなかった方々の不安で心配な顔と、落胆した様子は忘れることができません。
    それでもこの8年間、教会の働きを通して嬉しい出会いやキリストの出来事を知らされています。3・11を忘れないように。またこの時、全国各地の自然災害による「被災者」も覚えて祈りましょう。

●3月10日 週報巻頭言  牧師  村上 千代


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2019-03-04 15:49:50 (53 ヒット)

✣ あきらめずに ✣

    イエスは、祈りを教えてくださいとの弟子たちの求めに、「主の祈り」を示された(ルカ11:2〜4)。そしてそれに続けて「真夜中に隣家の扉を叩く人のたとえ」(5節以降)、「求めなさい、そうすれば与えられる」(9節以降)という言葉を語られている。
    イエスが弟子たちに教えた「主の祈り」は、「われわれの祈り」である。自分ひとりのためではなく、隣人の切実な祈りに連帯してささげる祈りである。もちろん各自の必要を祈ることもゆるされている。が、ここで強調されているのは、自分以外の隣人の命にかかわる祈りと出会った時、言い訳をして逃げるのではなく、そこに踏みとどまって、共に主に求め、探し、門をたたくことだということである。自分たちには解決策など持っていない小さな者の祈りが、「ひとり」から「ふたり」へ、連帯してあきらめずに祈り続ける。その祈りを神は必ず聞き届けてくださるし、そのような人と人の出会いの中に聖霊の働きが伴うのだとイエスは宣言されるのである(13節)。
    わたしたちは毎週礼拝で「主の祈り」を共にささげている。その時の「われら」とは具体的に誰をイメージして祈っているのだろうか。主イエスから問われているのではないだろうか。

●3月3日 週報巻頭言  牧師  村上 千代


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2019-02-23 14:49:12 (62 ヒット)

✣ 定期総会へ向けて ✣

    先週、わたしたちは、幼い子どもから高齢の者まで、多くの方がたと一緒に伝道開始50年感謝礼拝を喜びと祝福のうちにささげることがゆるされた。本当に嬉しい時であった。そして「まなざしを、まっすぐに」という吉盂霎萓犬離瓮奪察璽犬鯆未靴董△海譴らの福音宣教への新たな決意へと導かれている。この時代、この社会で、わたしたち自身がイエスを必要としていることを自覚し、礼拝と聖書の言葉から力をいただいて、イエスを必要としている他者との出会いを喜び、地域の人々と共に歩む教会づくりを目指していきたいと願っている。
    次週は、51年目へと向かう定期総会が行われる。バプテスト教会は民主的な教会運営を行っているため、総会は教会の最高決議機関として大切にされなければならない。ただし、総会で何もかも決めるというのではない。総会は事柄に応じて計画の立案や決定をある人々に委ねる。それゆえ、役員の選出は総会の大切な事柄である。総会は、聖霊の導きを祈り求めて選挙し、選出された役員を信頼して職務を委託する。この「信頼と委託」の精神を大切にし、成熟した教会運営を行いたい。来週の総会には、万障繰り合わせて出席できるよう、互いに励まし合っていきたい。

●2月24日 週報巻頭言  牧師  村上 千代


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2019-02-16 15:01:41 (65 ヒット)

✣ まなざしを、まっすぐに ✣

    栗ヶ沢バプテスト教会の伝道開始50年をおぼえ、改めて、この道のりを生み出し、伴い、そこに御業を現し給うた主を賛美します。
    それぞれの歴史には節目があり、その節目に名前をつけて「時の理解・使命の確認」を行うことがあります。栗ヶ沢教会もそうでした。そして私は、「教会組織25年記念礼拝」(1999年)、「教会組織30年事業」としての新会堂建築(2005年着工)、「伝道開始40年感謝礼拝」(2009年)をご一緒に過ごすことへと招かれました。時の日本経済同様に、教会の「教勢」もピークを超えた時代にあって、なお教会の存在意味を探り、夢を掲げた年月であったと思います。
    この一連の取り組みの新しい基礎となったのは「教会形成の指針」でした。主の恵みへの応答としての生活理解、生命観や人間・人生理解、教会形成の理念としてのバプテスト主義、時代や社会の中での姿勢、などを射程にし言葉化したものです。物事を単純化して表現しようとする誘惑と、あれもこれも書き込みたいという誘惑との狭間で、懸命に対話して表明された、濃く深い文章です。主に授けられた大切なものの一つです。

●2月17日 伝道開始50年感謝礼拝 週報巻頭言
 吉 叶(栗ヶ沢教会第4代牧師、現・日本バプテスト連盟常務理事)


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