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新型コロナウイルス
感染症(COVID-19)への
対応について(7/25更新)

くりくりあおぞらくらぶより
小学生のみなさんへ(3/27)

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■主日礼拝  
毎週日曜日 午前10時〜

教会学校(現在休止中)
毎週日曜日 午前1115分〜
・幼稚科
・小学科(低学年・高学年)
・少年少女科
・青年科
・ペアレント科
・成人科

祈祷会
(8月中休会)
毎週水曜日 朝1030分〜
                  夜  730分〜
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投稿者 : webmaster 投稿日時: 2020-08-01 18:26:01 (34 ヒット)

✣ 痛みに共感する ✣

    このところまた新型コロナ感染拡大が心配されている。先週、これまで感染者ゼロを続けていた岩手県で初の感染者が報告された。5月に県知事が、「感染することは悪ではない」「第1号になったとしても、県はその人を責めない。第1号の患者さんについては、特に丁寧に優しく対処して、命と健康を守るようにしたいと思うし、県民の皆さんに対しても、第1号の陽性者、患者さんについては、お見舞いの言葉を送ったりとか、気持ちの中だけでも優しく接してあげてほしい」とメッセージを発信していた。にもかかわらず、初の感染者が報告されると、匿名掲示板やSNSを通して、感染した方や、行政への誹謗中傷が始まったという。心無い誹謗中傷の背景に何があるのか、専門家ではない私には何とも言えないが、こういったことは、個人の問題というよりは、私たちの社会の価値観が生み出す構造的な問題ではないかと思う。
    イエスは、人々の悲しみや苦しみを見て、「はらわたがちぎれる」思いに駆られた、と聖書は伝えている。悲しんでいる人、苦しんでいる人、弱っている人、差別され排除されている人などの痛みや苦しみに深く共感し、寄り添って歩まれたイエス。いのちが大切にされ、皆が幸せに生きられる社会となることは、誰よりも主が願っておられること。その願いを私たちの願いとし、感染者のために祈り、福音宣教に仕えていきたい。

●8月2日 週報巻頭言  牧師  村上 千代


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2020-07-25 19:24:30 (56 ヒット)

✣ 恵みがあるように ✣

    パウロは、テサロニケの教会に宛てた手紙の中で、「怠惰な生活をしているきょうだいたち」すなわち「パンをただでもらって食べているきょうだいたち」に対して、「働きたくない者は、食べてはならない」と言います。ここで頭に浮かぶのは、「働かざる者食うべからず」という慣用句です。しかし、二つの表現は似ていても内容は違います。パウロは、一般的職業倫理として述べているのでもなければ、病気や障がいのある人、失業者など、働きたくても働けない人のことを言っているのでもありません。コリントの信徒への手紙気如◆峩い者は、弱い者を常に配慮するように」と語っているとおりです。
    新しい聖書(聖書協会共同訳)では、「働きたくない者」を「働こうとしない者」と翻訳しています。パウロの言う「働こうとしない者」とはどういう者なのかと考えます。
    神の愛にあずかる者は、主に仕え、互いに仕え合うようにと主から招かれています。働き場があって、与えられている賜物があって、仕事をする力も備わっている、にもかかわらず、働こうとせず、弱い者の「パン」に寄りかかって生きている強い者のことを指しているのではないかと考えます。パウロは批判します。でも、だからといって、彼はそのような人たちのことを排除しません。彼の祈りには、彼が批判している人たちも含まれているのです。教えられます。

●7月26日 週報巻頭言  牧師  村上 千代


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2020-07-18 14:50:51 (74 ヒット)

✣ 永遠の慰めと確かな希望 ✣

    私たちが、日常生活において希望という言葉を使うとき、将来〇〇になりたい、〇〇学校に行きたい、〇〇会社に入社したい、希望に燃える、等々、ある物事の実現を願い求めることや、将来の良いことに期待を寄せる気持ちの意味で使います。そしてそのために祈ります。ところが、祈り、努力しても、自分の願いどおりになるとは限らず、自分の意に反した結果だとがっかりします。神にそっぽを向かれたような気持ちになり、失意のどん底で希望を失ってしまいます。人間の希望とは、それほどもろくてはかないものです。
    しかし、パウロが語る希望は人間のそれとは違います。あの十字架において、最も弱い姿で、どん底の状態で死なれたイエスが、神によって起こされたという出来事が示す希望です。パウロは、神に見放され絶望しているところにこそ救いはあるのだと言います。彼は、苦難の中で忍耐しているテサロニケの信徒たちに対して、「私たちの主イエス・キリスト御自身、ならびに、私たちを愛して、永遠の慰めと確かな希望とを恵みによって与えてくださる、私たちの父である神が、どうか、あなたがたの心を励まし、強め」と、祈りの言葉を伝えています。今、コロナによって世界中が困難の中におかれ、苦悩する私たちにもその祈りが与えられていることをおぼえていたいと思います。

●7月19日 週報巻頭言  牧師  村上 千代


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2020-07-11 15:43:25 (86 ヒット)

✣ 豪雨被害に遭われた方々をおぼえて ✣

    降り続く大雨で甚大な被害に遭われた地域の方々のことを祈る中、SNSで「かいじゅうの来た町で」(野中宏樹作)という歌を聞きました。作者が、当時5歳位だった息子さんと阪神淡路大震災(1995年)被災地を訪れた時の親子の会話に曲をつけた歌です。

「お父ちゃん、この町には一体なにがあったんやろな…
…それは悲しい景色でした
この町には大きな大きな地震がやって来たんや…
 
お父ちゃん、この町には地震かいじゅうが来たんやな
悲しいような不思議そうな そんな顔で息子が言う
かいじゅうがやって来たこの町で今日も人は生きてる
大きな爪痕 悲しみが 大地と心に刻まれた
 
お父ちゃん、今度かいじゅうがやって来たら僕がやっつけたるねん…
せやけどな このかいじゅうめっちゃめっちゃ強いんやで…
 
仮面ライダーとウルトラマンとドラエモン呼んでくるねん
…残念やけど このかいじゅうに勝つことはできんやろな
そやけどそやけど 負けんことはできるかもしれへんな
 
お父ちゃん、そしたらな どないしたらええんやろな
そうやな やっぱり心かな やさしいやさしい心かな
みんなでやさしい心もって集まったらええで 彼が言う
仮設住宅のおばちゃんも
地震なんかに負けてられへん 一緒にかいじゅう追い出そな
そう言うてはったもんな
かいじゅうに負けない方法が一つあるとしたら
みんなでやさしい心いっぱいもって集まることやろな…
少しずつ少しずつ悲しい心が癒されてゆくといいね…
やさしい心 やさしい心 その言葉が胸に響く」

 
    神の深い慰めと支えを祈りつつ。

●7月12日 週報巻頭言  牧師  村上 千代


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2020-07-04 15:55:00 (105 ヒット)

✣ 時を生きる ✣

    「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです」(汽謄汽蹈縫5:16〜18)。
    私たちは、自分の人生において、順境の日に、喜び、祈り、感謝することは容易ですが、逆境の真っ只中、どん底の状態にある時、悲しみや苦難がふりかかってきた時、など、苦しい時に、喜び、感謝することは容易ではありません。「いつも」喜び、「どんなことにも」感謝する。このことは、言葉で言うほど簡単にはいかないものです。では、迫害と苦難に遭って、とても喜べない状態のパウロが、苦難の中にあるテサロニケの信徒にこのように勧める根拠は何なのでしょうか。
    それは、イエスの十字架の死と復活の希望を信じ、神が共にいてくださること、どんな時も神のご支配の中に生かされていると信じる信仰です。その信仰によって、パウロは、喜べない時であっても、静まって祈り、神が与えてくださる平安に支えられ、主において、常に喜び感謝することができたのです。
    今、私たちは新型コロナによって命が脅かされ、多くの困難を強いられ、なかなか喜べない状況の中にあります。このような時だからこそ、十字架のイエスに支えられたパウロのように、キリストにおいて、今という時を生きていきたいと思うのです。

●7月5日 神学校週間 週報巻頭言  牧師  村上 千代


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