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新型コロナウイルス
感染症(COVID-19)への
対応《8/7版》('22/8/8)

礼拝説教(直近10週分)
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「メッセージ」コーナーで
ご覧いただけます。
('22/6/6)

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■主日礼拝  
毎週日曜日 午前10時〜

教会学校(現在休止中)
毎週日曜日 午前1115分〜
・幼稚科
・小学科
・少年少女科
・青年科
・成人科
・牧師室クラス

祈祷会
(8月中、朝休会、
  夜対面Zoomにて開催)

毎週水曜日 朝1030分〜
                  夜  730分〜
リンク
投稿者 : webmaster 投稿日時: 2022-08-07 14:24:53 (58 ヒット)

礼拝説教「パンだけで生きるのか」 マタイによる福音書 4:1-4
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週報巻頭言「1年が過ぎて」

 昨年の8月1日に当教会に着任してから1年が経ちました。時間の流れの早さに、今さらながら驚いています。最初の3ヵ月は単身赴任のかたちでした。テレビもなく、牧師館2階は、食事とお風呂、さらに睡眠のために使うだけで、あとは一階牧師室で日中を過ごしました。この間、牧師館のエアコンを一度も使うことがなかったため、エアコンの点け方が分からなかったほどでした。10月に家族が越してきて、初めてエアコンを稼働させました。するとどうでしょう。性能がとてもよくて、室内があっという間に冷えたのです。このとき、改めて、牧師招聘にあたって、役員を始めとする教会員のみなさまが、牧師館を丁寧に掃除し、さまざまな家具を新調してくださったことを実感しました。この場をお借りして皆さまに感謝を申し上げます。本当に有難うございました。
 コロナ感染が収まらず、集会もままならない中での1年でしたが、それでも神さまの支えと守りを実感しております。 まことに微力ではありますが、神さまの助けを頂いて、引き続き、主のみ業に全力で励みたいと願っております。

●8月7日 週報巻頭言  牧師 木村 一充


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2022-08-06 18:06:49 (97 ヒット)

礼拝説教「信仰による義」 ローマの信徒への手紙 3:21-26
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週報巻頭言「信仰による義」

 聖書の民であるユダヤ人は、モーセにより与えられた律法を守ることで、神に選ばれた民であることを確認し、また神との正しい関係(神の義)を勝ち取ろうとしました。その代表的な例が、割礼と安息日の遵守です。この二つを守り抜くことで、彼らは非ユダヤ人と自分たちを「区別」しようとしました。
 たとえば、当時のローマ軍を構成していた兵士たちの多くは傭兵、つまり金銭で雇われた兵士でしたが、ユダヤ人は安息日に戦闘することを拒否します。それでは話にならないということで、結果的にユダヤ人は兵役の対象から除外されるようになります。このように目に見える「しるし」を外部に表すことが、ユダヤ人であることの証拠だとされました。
 しかし、パウロは「外見上のユダヤ人がユダヤ人ではなく、また肉に施された外見上の割礼が割礼ではありません」と 言います(ローマの信徒への手紙2章28節)。神に選ばれた民になるために、外見は問題ではない、内面が重要だというのです。本日は「人は、ただ信仰によってのみ義とされる」という命題、「信仰義認」というテーマについて、ローマ書から学びます。

●7月31日 週報巻頭言  牧師 木村 一充


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2022-07-24 15:09:41 (80 ヒット)

礼拝説教「キリストの証人」 使徒言行録 4: 5-14
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週報巻頭言「キリストの証人」

 使徒言行録4章では、前の章でペトロとヨハネが足の不自由な男を癒した奇跡行為のあと、そのまま神殿で民衆たちにみ言葉の宣教をしていた場面が記されています。これを見かけたサドカイ派の人々が、二人がイエスの死人からのよみがえりを宣べ伝えているのを見て、二人を捕え、獄に入れたというのです。
 サドカイ派の人々は、死者の復活という教義を受け入れていませんでした。彼らは裕福な家柄出身で、サンヘドリン(最高法院)のメンバーとして幅をきかせ、大土地所有者ないしは貴族階級としての力をふるっていたのです。
 この二人の投獄の翌日、議員、長老、サドカイ派の人々がエルサレムに集まります。二人を裁判にかけ、審問しようとしたのです。ペトロは、ここで「この人による以外に救いはない。」と語り、イエス・キリストという名前以外に、天下に人々を救いに導く力はない、ということを語ります。「無学なただの人」であるペトロとヨハネの宣教を聞き、彼らは驚きました。しかも、彼らの傍らには癒された男が立っていました。この彼こそ、キリストによる救いの生き証人でした。

●7月24日 週報巻頭言  牧師 木村 一充


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2022-07-17 15:52:18 (69 ヒット)

礼拝説教「足ることを知る」 民数記 11:1-9
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週報巻頭言「足ることを知る」

 室町時代の武将である細川勝元が開設した寺であり、歴史の教科書にも掲載され、世界遺産としても知られる京都の龍安寺には、茶室に入る人が事前に手や口を清めるための手水鉢としてつくばい(蹲)が設置されています。
 このつくばいを上から見ると、真ん中がちょうど「口」という漢字になっており、その上下左右に4つの漢字が取り囲んでいます。それらは、時計回りに順に「五」、「隹」、「疋」、「矢」であって、一見意味不明ですが、口を漢字の一部と見立てることで「われ、ただ足るを知る」と読むことができます。これにより、このつくばいは「知足の蹲」と呼ばれます。
 本日の民数記11章では、モーセに率いられて出エジプトを果たしたイスラエルの民が、荒野での渇きと飢えに悲鳴を上げ、「エジプトにいたほうが、まだましだった」と激しくつぶやいたとあります。モーセの祈りを聞かれた主はマナを降らせて、民を飢えから救いました。しかし、イスラエルの民はこれにも不平を言ってモーセを悩ませたのです。この民の姿は、実は私たちの姿であることを思わされるのです。

●7月17日 週報巻頭言  牧師 木村 一充


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2022-07-09 23:03:35 (106 ヒット)

礼拝説教「忍耐される神」  ルカによる福音書 13:6-9
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週報巻頭言「忍耐される神」

 本日の聖書箇所は、イエスのたとえ話の一つである「実のならないいちじくの木のたとえ」が記されているところです。ここから、イエスの語られる神の国のメッセージを聞きます。パレスチナで、いちじくの実はぶどうと並んで、代表的な果物でありました。干しいちじくなどの保存食として食べたようです。
 ヨルダン川沿いの低地の町エリコでは、いちじくの化石が発見されています。これにより、世界最古の果樹園がパレスチナにあったと推定されています。いちじくは乾燥に強く、生命力も強いために、ぶどう畑の中に植えられることもありました。我が国でいえば、同じ農地に、米と麦が夏と冬の二つの季節において植えられ、栽培、収穫されるように、「果実の二毛作」として、栽培、収穫されたというのです。
 ところが、本日の箇所では、このいちじくが三年もの期間、一度も実を結ぶことがなかったのでした。主人は園丁に「実を結ばないいちじくなど、栽培する意味はない。切り倒せ」と命じます。しかし、園丁は「もう一年、待ってください」と願います。その意味を探ります。

●7月10日 週報巻頭言  牧師 木村 一充


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