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投稿者 : webmaster 投稿日時: 2024-04-14 15:39:55 (36 ヒット)

礼拝説教「主イエスの御手」  マルコによる福音書(Mark) 5:25-34
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週報巻頭言「主イエスの御手」

  本日の聖書箇所であるマルコによる福音書5章25節以下には、12年間もの間、出血で苦しんでいた一人の女性の物語が書かれています。彼女の病気との戦いは、まさに気の毒としか言いようのないものでした。「多くの医者にかかって、ひどく苦しめられ、全財産を使い果たしても何の役にも立たず、ますます悪くなるだけであった」と福音書記者マルコは書くのです。
  この女がイエスのうわさを聞いて、群衆の中にまぎれ込み、後ろからイエスの服に触れました。それは、イエスの衣の裾にさわることで病気を癒していただけると思ったからです。当時のユダヤでは、病人が尊いお方の体の一部にでも触れることができれば、その病は癒されるという言い伝えがあったのです。
  するとどうでしょうか。出血がすぐに止まって病気が癒されたことを体に感じたとあります。イエスは自分の内から力が出て行ったことに気付いて、こう言われました。「わたしの服に触れたのはだれか?」と。本日は、この箇所からみ言葉に耳を傾けます。  

●4月14日  週報巻頭言  牧師 木村 一充


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2024-04-07 18:05:14 (40 ヒット)

礼拝説教「キリストを伝える」コリントの信徒への手紙一 (Cor.) 2:1-5
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週報巻頭言「キリストを伝える」

  4月になり、新たな年度が始まりました。今月から教会学校では『コリントの信徒への手紙一』を学びます。コリント教会は、使徒パウロが第2回伝道旅行でギリシャの地に足を踏み入れ、アテネの次に訪れた港町です。この当時のコリントは、人口60万人を超え、地中海世界で最大の港町でありました。
 しかし、ヘレニズム文化のただ中にあって、ギリシャ女神を祀る神殿が立つこのコリントの町で、偶像の神ではないキリストの福音を宣べ伝えることは容易ではありませんでした。まだ信仰歴の浅い、若い信徒たちばかりの教会であるコリント教会は、パウロが不在になると、会員同士の間に分裂(スキスマ)が生じたといいます。
  「わたしはアポロにつく」「わたしはパウロにつく」といった具合に、自分の気に入った指導者を支持する者たちが派閥(グループ)を作り、互いに争い合うようになっていたというのです。
 このような中にあって、パウロはキリストの十字架以外には何も知るまいと決意したと書きます。本日は、ここから神の言葉に耳を傾けます。

●4月7日 週報巻頭言   牧師 木村 一充


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2024-03-31 16:41:33 (73 ヒット)

礼拝説教「霊の体への復活」  コリントの信徒への手紙一(Cor.I) 15:42〜49
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週報巻頭言「霊の体への復活」

  本日は、主イエス・キリストの復活を祝うイースター礼拝をささげる日曜日です。十字架につけられ、絶叫して息を引き取っられた主イエスは、アリマタヤのヨセフの園に葬られました。墓穴は彫ったばかりの新しいものだったといいます(マタイ27章)。その日は金曜日でした。
  翌日の安息日が終わり、週の始めの日曜日の明け方、マグダラのマリアがイエスの墓に向かいました。主イエスの葬りを丁重に行うために、マリアは包帯や香料(=腐敗防止薬)を買い揃えて墓に向かったと思われます。ところが、墓の中を見るとそこは空っぽで、イエスの遺体がなくなっていたのです。
  呆然として、そこで泣き尽くすマリアの傍らに復活の主が姿を現わされました。マリアは、園の番人だと思って「あなたが主の遺体を運び去ったのですか」と問います。しかし、その人が復活のイエスだったのです。イエスはマリアに「わたしにさわってはいけない」と言われました。復活の体は、手で触れることができないものだったのです。本日はこの事実から、御言葉(みことば)に耳を傾けます。

●3月31日 イースター礼拝  週報巻頭言  牧師 木村 一充


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2024-03-24 16:06:51 (76 ヒット)

礼拝説教「見よ、十字架のイエス」マルコによる福音書(Mark) 15:33-39
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週報巻頭言「見よ、十字架のイエス」

 本日より受難週が始まります。主イエスが子ロバに乗ってエルサレムに入城したのは日曜日のことでした。これを見たエルサレムの人々は、歓呼して主イエスの一行を迎え、棕櫚の枝を振りながらこれを迎えたとヨハネ福音書にあります。これにより、この日が「棕櫚の日曜日」と呼ばれるようになりました。
  本日の聖書箇所は、それから五日が過ぎた金曜日の出来事が記されているところです。エルサレム郊外のゴルゴタ(「されこうべ」の意)の丘に、イエスは他の二人の犯罪人と一緒に十字架につけられました。人々はイエスをののしって言います。「他人は救ったのに、自分は救えない。…今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら信じてやろう。」
 しかし、イエスはこれに対して無言のまま、ただ十字架上で苦しまれるだけでした。嵐を静め、盲人の目を開き、ラザロを死人の中から復活させることがお出来になった方が、この場面ではなすすべもなくうなだれておられる。それはなぜか。本日はイエスの最後の場面から御言葉(みことば)に耳を傾けます。

●3月24日 棕櫚の主日礼拝 週報巻頭言  牧師 木村 一充


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2024-03-17 18:49:48 (68 ヒット)

礼拝説教「悲しみの道」  ルカによる福音書(Luke) 23:26-31
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週報巻頭言「悲しみの道」

 受難節の最中を過ごしております。本日の聖書箇所は、ルカによる福音書23章ですが、ここはローマ総督ピラトによる裁判の結果、ローマへの反逆者として処刑されることになったイエスが、処刑場までの道を、十字架を背負って歩む場面が描かれています。この道は、通常ラテン語で「ヴィア・ドロローサ」(「悲しみの道」の意)と呼ばれますが、石畳の多いおよそ500メートルの行程になります。しかし、この500メートルのあいだにイエスが語られた言葉が大変重い意味を持っています。それはエルサレムの娘たちに向かって語りかけた言葉でした。「エルサレムの娘たち、わたしのために泣くな。むしろ、自分と自分の子どもたちのために泣け」イエスの後をついて行ったこの婦人たちは、このような場面で泣くことを仕事として請け負っていたプロの「泣き女」と呼ばれる集団だったのではないかと言われます。彼女たちは、悲しみを演出するために神殿当局から雇われた婦人たちでありました。しかし、本当に悲しむべきはイエスのことではなく、自分と、その子どもたちだとイエスは言われたのです。

●3月17日 主日礼拝 週報巻頭言  牧師 木村 一充


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