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集会案内

初夏の音楽礼拝のご案内

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■主日礼拝  
毎週日曜日 午前10時〜

教会学校
毎週日曜日 午前11時15分〜
・幼稚科
・小学科 
・少年少女科  
・青年成人科

祈祷会
毎週水曜日 午前10時30分〜
                    午後 7時30分〜
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投稿者 : webmaster 投稿日時: 2018-05-18 17:40:10 (28 ヒット)

✣ わたしたちが求めるものは ✣

    今日はペンテコステです。ギリシア語のペンテコステは第50を意味する言葉で、使徒言行録2章1節では五旬祭と訳されています。五旬祭は、元来農耕的祭儀であったものがユダヤ教に摂取され、さらにキリスト教的に理解されるようになって今日に至っています。キリスト教会ではイエス・キリストの復活から50日目に聖霊がくだったことを記念する日であり、教会が成立した日だと言われています。
    五旬祭の日、一同が一つになって集まっている時に聖霊がくだったと使徒言行録にあります。聖霊は、誰か特定の人にではなく、共同体のすべての人に注がれて、弟子たち一人ひとりをイエス・キリストの復活の証人として立ちあがらせました。そしてさらに他の国々の言葉で話す弟子たちによって全世界へと福音が宣べ伝えられ、こんにちを生きるわたしたちもその恵みにあずかっているのです。
    ペンテコステの出来事を通して、神はわたしたちを見捨てない方であること、そして心の弱いわたしたちに生けるキリストの証人となる勇気を与えてくださる方であることを知らされます。
    教会は、イエス・キリストを宣べ伝える使命を神から託されています。教会を建て上げるためにわたしたちが求めるべきものは何か、今日のみ言葉から聴いていきたいと思います。

●5月20日 週報巻頭言  牧師  村上 千代


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2018-05-11 19:26:53 (46 ヒット)

✣ 和解と共生の働きに仕える ✣

    本日の礼拝で、ルワンダの佐々木恵さんが証ししてくださることを感謝いたします。
    ご存じのように、ルワンダでは1994年にジェノサイド(大量虐殺)が起こり、約3ヵ月の間に犠牲になった人は、約80万人とも100万人ともいわれています。ルワンダの人びとの傷み、悲しみ、苦しみ、憎しみ、敵意は、私たちの想像を絶するものです。深い傷を負った人びとのキリストによるいやしと回復、「和解」と「平和構築」が重要課題のルワンダに、佐々木和之さんが連盟より派遣され働いておられるのです。
    「栗ヶ沢教会の皆さま、おはようございます。ルワンダに国際ミッションボランティアとして派遣されている佐々木和之の妻の佐々木恵です。ルワンダ在住13年になりました。わたしのルワンダでの主な活動はニャンザ・ピース・アカデミーという小学校での「絵本の読み聞かせ」のボランティアと、去年からは、ウムチョ・ニャンザという女性グループの方がたと共に、「和解と共生のための活動」として、クラフトづくりに取り組んでいます。いつも送ってくださるクリスマスカードや、ルワンダのことをおぼえてのお祈り、ご支援をありがとうございます。今日は、わたしがルワンダで出会った和解に生きる方がたから学んだことを、証しさせていただきます」(佐々木恵さんより)。

●5月13日 週報巻頭言  牧師  村上 千代


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2018-05-04 15:13:21 (36 ヒット)

✣ 主の晩餐にあずかる ✣

    主の晩餐とは何か。日本バプテスト連盟宣教研究所発行の『バプテスト教会において豊かな式を形作る言葉と祈りのために』には、次のように書かれています。「バプテストにとって主の晩餐という礼典はサクラメント(救いの手段)では無く、オーディナンス(主の命令への応答)です。主の晩餐にあずかったものが救われるのではなく、救われたものの主への感謝、応答として主の晩餐にあずかるのです。よってそれにあずかることによって救われる聖なる儀式、『聖餐式』ではなく、人間がキリストの命令によって行う『主の晩餐(式)』と呼んできました」。そして、エドゥアルト・シュヴァイツアーという聖書学者によれば、その基本的意味は、 屬垢任法弋こったあがないの業の記念、◆屬い沺弋こされている教会の交わりへの参与、「やがて」起こされてゆく救いの完成の希望、この3点だといいます。
    わたしたちは今朝、イエスの十字架の死を想い起こし、復活されたキリストが今もわたしたちと苦しみを共にし、わたしたちを教会として結び付けてくださることに感謝しつつ、主の晩餐にあずかります。ですが、それは自分の満足のためにではなく、この時この場にいない一人ひとりをおぼえながらのものでありたいと願うのです。

●5月6日 週報巻頭言  牧師  村上 千代


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2018-04-27 19:16:03 (46 ヒット)

✣ ほんとうにいいこととは ✣

    学者アラムハラドが子供たちにたずねます。「小鳥が啼かないでいられず、魚が泳がないでいられないように、人はどういうことをしないでいられないだろう。」 小さなセララバアドが「人はほんとうにいいことが何だかを考えないではいられないと思います」と答えました。これは、宮沢賢治の作品の中の話です。わたしたちは、ふだんこの「ほんとうにいいこと」を、何を規準に考えているのでしょうか。ほんとうにいいことと思って言った言葉で、人を傷つけたり、ほんとうにいいことと考えてしてくれただろう行いを、うっとうしいと思ったりします。
    このことを、聖書はどう説いているのでしょうか。パウロは、いろいろな教会の信徒へ手紙を書いていますが、その中で「心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。」(ローマ12:2)と言っています。そしてその内容は、「愛は隣人に悪を行いません…」(ローマ13:10)「兄弟をつまずかせないために…」(汽灰螢鵐8:13)とつながっていきます。パウロは、キリストにあって自由にされた者が、自分の立場や主張する意見によって隣人が害を受けていないかどうか自覚して行動するとき、人は「ほんとうにいいこと」が何かを考えることができると教えています。

●4月29日 週報巻頭言  教会員  佐藤 満子


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2018-04-20 12:17:05 (49 ヒット)

✣ 神の召しにかえる ✣

    「おのおの主から分け与えられたに応じ、それぞれ神に召されたときの 身分 のままで歩みなさい」(汽灰螢鵐7章17節、下線筆者)。この1節だけをこの訳そのままで読むと、現代の私たちには理解しがたいのではないだろうか。
     若い頃に観たアメリカ映画、タイトルは忘れてしまったが、人種差別をテーマとした映画を観た時の衝撃を思い出す。白人至上主義者による、アフリカンアメリカンいわゆる「黒人」への、差別と暴力の問題が描かれた映画だった。「黒人」への人権侵害は神によって肯定されていることだと、暴力を正当化する人たちが、その根拠として旧約聖書の言葉をあげていた。キリスト者になってまだ年数の浅い私には、ものすごい衝撃だった。聖書には、その全体を通して「神の救い」が語られているのであるが、読み方によっては、聖書の言葉が「救い」にもなれば人を殺す「道具」にもなることを、その時知らされたのだ。その映画から、聖書の言葉を自分の都合の良い部分だけを切り取って絶対化しないことを教えられた。
     今日与えられた聖書箇所から、主が私たちに何を示しているのかを聴き、互いに語り合い聞き合うことは、教会の大切な営みなのだと思う。互いに学び合う分級の場で、十字架の主に召された者として、自分を絶対化することなく自由に語り合うことを今日もたのしみたい。

●4月22日 週報巻頭言  牧師  村上 千代


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