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■主日礼拝  
毎週日曜日 午前10時〜

教会学校(現在休止中)
毎週日曜日 午前1115分〜
・幼稚科
・小学科(低学年・高学年)
・少年少女科
・青年科
・ペアレント科
・成人科

祈祷会(夜休止中)
毎週水曜日 朝1030分〜
                  夜  730分〜
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投稿者 : webmaster 投稿日時: 2021-04-16 18:59:25 (42 ヒット)

✣ 自由度と自由意志 ✣

    自然災害について私たちは、どのように受け取ればいいのでしょうか?
1)自然(じねん)自らあるもの、自ら生ずるもので仕方がない
2)天罰だ、試練だ、悔い改めよ
3)神様が人を苦しめ殺すのは理不尽だ、神も仏もあるものかも仏もあるものか!
すべては御心のままに…と達観できれば良いのですが…。
    人間の視点ではなく神様の視点で自然を眺めてみましょう。
創世記1章31節「神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。」
神の創造の御業が完全無欠なものであると捉えるか、それは「極めて良かった」をどのように聖書解釈するかにかかっています。「三位一体の神」理解と同じように文脈から、章全体から、聖書全体から本質的なところを読み取れば…。神様は人には自由意志を与え、生物には自由行動を与え、無機物には自由度を与えられたのではないでしょうか?
    人知れず暗闇の洞窟の中で数百万年かかって成長していく結晶の美しさ。
「栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。」マタイ6章29節
神様が無機物に与えられた自由度による自然災害はあくまでも4次元の物質世界の中で起こっていることであり、それを私たちがどのように捉えるかは各自の自由意志にかかっていると思います。

●4月18日 週報巻頭言  教会員  K.T.


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2021-04-10 14:53:55 (55 ヒット)

✣ いつも喜んでいなさい ✣

    いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。(テサロニケの信徒への手紙一 5:16〜18)
    神様の望まれることを実践するために、証人として導かれたにもかかわらず、私は永く教会活動を休み、3月中の礼拝で「わたしにつながっていなさい」とのメッセージを聴き、取り除かれても仕方ない者であったと思いました。中学生の時、天幕伝道でカナダの宣教師に導かれ、高校生の時にバプテスマを受け、就職先の同僚と結婚。宮崎、大分、埼玉へと移り住み、現在の柏市で栗ヶ沢バプテスト教会へ導かれました。教会活動を休んだのは私の間違った選択によります。夫の納骨をきっかけに、教会に復帰出来たのは、主なるキリスト・イエスのお導きであると感謝です。
    コレヘトの言葉3章1節を実感します。
    教会を離れている間も、マタイによる福音書28章20節にイエス様が言われた言葉、「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」が心にあり、感謝でした。私達が初めて経験しているコロナウィルスの危機はまだ続きそうですが、注意深く対応しましょう。共に祈り合える群れの中にあることを感謝し、主イエス様にまみえる日までお導きを信じます。

●4月11日 週報巻頭言  教会員  M.Y.


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2021-04-02 18:18:44 (76 ヒット)

✣ イースターの喜び ✣

    イースターおめでとうございます。
    昨年イースターの時期は、丁度緊急事態宣言も行われた時でした。新しい感染症に緊張しつつ教会生活が継続されました。あれから一年経ち、イースターを迎えました。暗い夜が明け、輝く太陽が大地を照らすとき、言葉で表現できないような希望を感じます。同じように、キリストの復活は、死の闇を破って暁のようにこの世に光をもたらします。
    聖書には「キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。」(汽灰螢鵐15章20節)とあり、キリストは復活されて、この世の死の先には復活の希望があるという、私たちの先駆けとしての道を示しておられます。
    イエス・キリストは、十字架につけられる前に、ご自分が復活されることを弟子たちに何度も語られました。しかし、弟子たちはそれを信じることができず、キリストの死に落胆し、絶望しました。これが人間の現実です。
    しかし、この人間の現実にもかかわらず、イエス・キリストは復活して弟子たちに現れてくださり、落胆、絶望する弟子たちに希望と喜びを与えてくださったのです。
    ここに「キリストが復活しなかったら、あなたがたの信仰はむなしく」(汽灰螢鵐15章17節)と言われる聖書のみ言葉の真理があるのです。

●4月4日 イースター礼拝 週報巻頭言 矢野 由美(千葉バプテスト教会 協力牧師)


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2021-03-27 18:58:59 (78 ヒット)

✣ 壁を低く、共に ✣

    今日から受難週です。私たちは、イースター前の一週間を、イエスの十字架の苦難と死を記憶する時として過ごします。
    イエスは捕らえられ、裁判にかけられます。それまでイエスに従っていた群衆が、手の平を返し、「イエスを十字架につけろ」と、叫び続けました。イエスには何の罪も見いだせなかったにもかかわらず、イエスに死刑が宣告されました。十字架刑は、ローマに反逆した者に課せられる極刑です。イエスは鞭うたれ、嘲られ、侮辱され、十字架につけられました。そして苦しみと孤独の極みの中で絶望し、「わが神よ、わが神よ、何故私をお見棄てになったのか」(岩波訳)と叫んで息を引き取りました。イエスは絶望と共に死なれたのです。不条理の死でした。しかし聖書は、神が死んだイエスを復活させてくださったと証ししています。教会は、このイエスの十字架と復活の出来事を通して示された神の愛を証しし、人々と共に生きる群れです。
    イエスが十字架で、大声で叫び息を引き取られた時、「神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け」たと書かれています。分断をつくりだしていた幕が真っ二つに裂け、民族や性別、等、人々を分断する隔ての壁がキリストの十字架の死によって壊されたのです。主の十字架によって贖われた教会は、あらゆる壁を低くし、共に生きる教会を目指して歩むものでありたいと願います。

●3月28日 受難週 週報巻頭言  牧師  村上 千代


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2021-03-20 20:31:20 (101 ヒット)

✣ 神の助けを求めて祈る ✣

    教会暦で言えば、今は受難節(レント)の中にあります。十字架へと向かうイエスの苦難をおぼえて、祈りつつ過ごします。
    イエスは、これから自分の身に起ころうとする事がいよいよ迫ってきたことを知り、祈るために弟子たちを連れて山に登ります。そして、ゲッセマネというところで、三人の弟子たちを伴い、他の弟子たちと離れた場所で祈られました。「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、わたしと共に目を覚ましていなさい」。そう言って、十字架を前に、苦しみもだえながら祈るイエス。「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください」。十字架刑は最も残酷で苦痛を伴う刑です。不安や恐怖、苦悶しながら祈るイエスですが、当の弟子たちは共に目を覚ましていることができずに、とうとう眠ってしまいました。イエスは、孤独と絶望の中で祈り続けた末に、十字架から逃れさせてほしいという祈りから「あなたの御心が行われますように」と祈りが変えられていきました。ここに至るまでにイエスの悲しみや苦しみがどれほどのものだったか。
    わたしたちは、悲しみ苦悶するイエスと共に目を覚ましていることのできなかった弟子たちと同じ弱さを抱えており、他者の痛みや苦しみ悲しみに、真に寄り添うことのできない者です。イエスは、わたしたちのその弱さをご存じで、なお、わたしたちに「共に」と語りかけてくださるのです。

●3月21日 週報巻頭言  牧師  村上 千代


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