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■主日礼拝  
毎週日曜日 午前10時〜

教会学校
毎週日曜日 午前11時15分〜
・幼稚科
・小学科 
・少年少女科  
・青年成人科

祈祷会
毎週水曜日 午前10時30分〜
                    午後 7時30分〜
       (但し、4/25午後は休会)
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投稿者 : webmaster 投稿日時: 2018-02-10 10:49:16 (84 ヒット)

✣ エッファタ(開け)! ✣

    今日の聖書の個所には、イエス様が「耳が聞こえず舌の回らない人をいやす」ということが記されています。
    マルコによる福音書7章34節に「イエスは天を仰いで深く息をついた」と書かれています。この「深く息をつく」という言葉は、他に「ため息をつく」とか「嘆息する(岩波訳)」とか「呻く」などの意味があります。イエス様はなぜ「深い息(ため息)」をついたのでしょうか。それにはどんな意味があったのでしょうか。
    ‥時の社会では、病気や障がいは本人あるいは先祖が犯した罪の結果である、と考えられていたので、イエス様はその人のこれまでに犯してきたすべての罪を知り、その罪を嘆いて、ため息をついたのか。 △海凌佑鯡すための癒しの力を蓄えるような行為。奇跡的な行為の一部(課程)であったのか。 この人に触れたその瞬間に、イエス様はその人の立場にご自分を置き、彼のこれまでの苦しみ、辛さ、寂しさ、切なさ等を感じ取って、その苦難を彼と共に味わわれた故のため息だったのか。 い修凌佑鬟ぅ┘考佑料阿墨△譴討た人々の、配慮の無さに対するため息だったのか。
    色々なことが考えられると思いますが、答えは一つだけではないと思います。皆さんはどうお考えになるでしょうか。そしてその直後、イエス様は彼に対して「エッファタ(開け)!」と言います。本日は、この時のイエス様の思いについて、共に御言葉の恵みを分かち合いましょう。

●2月11日 週報巻頭言 松 準(前・横浜JOYバプテスト教会 牧師)


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2018-02-02 10:55:52 (124 ヒット)

 ✣ 憐れみと癒しのイエスさま ✣

    異教の地ゲラサで、悪霊に取りつかれ墓場を住処としていた男は、足枷や鎖で縛られていました。しかし、「汚れた霊、この人から出て行け」という、イエスさまの言葉によって救い出されるのです。「いと高き神の子イエス」とこの男はイエスさまに呼びかけ、イエスさまが救い主であることを告白しています。男に取りついていた悪霊の名は「レギオン」。5〜6千人から成るローマ軍の軍隊の名前です。それだけ多くの悪霊がこの男に取りついていたのでした。正気を取戻し、「一緒についていきたい」という男に対し、「自分の家に帰りなさい。そして身内の人に、主が憐れみ、あなたにしてくださったことをことごとく知らせなさい」とイエスさまは命じられます。
    自分ではどうすることもできずに苦しんでいた、悪霊に取りつかれた男の人生は、イエスさまの御業によって救い出され、その救いの業を述べ伝える者へと変えられていったのです。
    はるか2千年前の物語ですが、今を生きる私たちもまた、イエスさまから御言葉をいただいています。神様から受けている豊かな恵みと深い憐みを思い返し、イエスさまこそ救い主であると述べ伝える者へと、私たちも日々新たに変えられていくのです。

●2月4日 週報巻頭言  教会員  豊原 奏


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2018-01-26 10:50:08 (108 ヒット)

✣ 福音を見出す喜び ✣

    昨年6月〜9月の4ヵ月間をカナダのバンクーバーで過ごしました。女性連合を退任して一つの節目を迎えましたので、リフレッシュすること、併せてカナダの社会や教会から学ぶことが目的でした。
    友人知人が一人もいない地で、愛犬ももと二人?だけの生活。でも、幸いなことに歩いて10分程の距離にバプテストの教会があり、先ずはその教会の礼拝に出席しました。皆様に温かく迎えられ、イエスにつながり教会につながることは何と幸いなことかと、改めて思ったのでした。そして教会以外でも多くの出会いがあり、名まえを呼び合う友が与えられ、恵み豊かな滞在となったことを感謝しています。
    「わたしがあなたと共にいる。だから、あなたを襲って危害を加える者はない。この町には、わたしの民が大勢いるからだ」(使徒言行録18:10)。
    昨年は、カナダがイギリスから自治権を獲得して150年の年。記念式での首相の声明には、カナダ150を単なるお祝いごとにせず、歴史を振り返り、先住民への謝罪と、和解の道への取組みのために更に努めていく旨のことが述べられていました。排外主義や自国主義が叫ばれ様々な分断が深刻化するこんにちの世界に、一筋の光を見るようでした。

●1月28日 週報巻頭言 村上 千代(元・東京北キリスト教会 協力牧師)


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2018-01-18 20:02:34 (120 ヒット)

✣ イエスの眼差し ✣

    マルコによる福音書3章1節以下には「手の萎えた人」が出てきます。彼は、手が萎えているのは自分の罪のせいだと言われ、人々から虐げられ、会堂の片隅に追いやられていたのです。しかし、イエス様はこの人に「真ん中に立ちなさい」と言われます(3節)。周囲の人々から虐げられ、肩身の狭い思いをし、いつも片隅に置かれていた人を中心に据える。それはまるで、この人の救いこそが礼拝の中心である…と宣言しているかのようです。イエス様のこの人を見る眼差しは、人々の非難の眼差しとは全く対照的です。その人を片隅に追いやるのではなく真ん中に置いて、馬鹿にし無視するような冷たい眼差しではなく、憐れみ受け入れ支えようとするあたたかい眼差しです。この世の価値観と神の国の価値観との違いが、ここに示されています。その眼差しの中で、彼の手は癒されていくのです。
    一方、その様子を非難の目で見ていた人たちの間に、「安息日」を巡っての問答が起こります。彼らは律法的な正義を振りかざすのですが、イエス様はそんな彼らに「怒り」と「悲しみ」を覚えるのです。安息日の律法を破ってでも、一人の人の命を救うことにこそ、イエス様の本当の思いがあるからです。
    本日の聖書の個所を通して示されるメッセージは、_燭問題を抱えたり、失敗したり間違えたりして、非難や批判を浴びなければならない人に対する、私たちの眼差しへの問いです。∋笋燭措身が問題を抱えたとき、私たちに注がれている、イエス様の眼差しです。私たちは、イエス様によって真ん中へと招かれています。

●1月21日 週報巻頭言 松 準(前・横浜JOYバプテスト教会 牧師)


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2018-01-11 19:24:29 (111 ヒット)

✣ クリスチャンとしての旅路 ✣

        1962年 鹿児島バプテスト教会谷山伝道所にてバプテスマを受ける
                     (当時カトリックの私立高校2年生)

1964-1967年 大学進学時に船橋バプテスト教会に出席するようになる

        1968年 新小岩バプテスト教会に転会後、妻・眞喜子さんと結婚

1969-1976年 新小岩教会の篠崎伝道に参加

1984-1989年 茗荷谷キリスト教会、家庭集会等を経て、市川八幡キリスト教会に転会。
                     同教会の市川大野伝道に参加

1989-1999年 仕事の都合により米国オハイオ州に移住後、ヒルスボロー第一
                    メソジスト教会に出席

1999-2015年 ワシントン州への移転により、シアトル日本人バプテスト教会(JBC)に
                    転会(2001年 JBC日語部牧師に招聘されると共に、シアトル大学
                    神学部に入学)

        2015年 JBCを引退し日本に帰国。市川大野キリスト教会に転会

        2016年 市川大野キリスト教会の協力牧師に就任現在に至る

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●1月14日 週報巻頭言 山 幸男(市川大野キリスト教会 協力牧師) 


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