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■主日礼拝  
毎週日曜日 午前10時〜

教会学校(現在休止中)
毎週日曜日 午前1115分〜
・幼稚科
・小学科
・少年少女科
・青年科
・成人科
・牧師室クラス

祈祷会
=朝Zoom対面形式併用
  夜対面形式=

毎週水曜日 朝1030分〜
                  夜  730分〜
リンク
投稿者 : webmaster 投稿日時: 2022-04-10 16:08:43 (108 ヒット)

礼拝説教「悲しみの道」 ルカによる福音書 23:26-31
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週報巻頭言「悲しみの道」

 本日の聖書箇所には、イエスが十字架を負わされ、茨の冠をかぶってカルバリの丘への道を歩んでゆく途中で起きた出来事が、書き記されています。
 その当時ローマの兵士たちが駐屯していた「アントニオ要塞」から、イエスが息を引き取った場所とされる「聖墳墓教会」までのおよそ500メートルの道を、ラテン語で「ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)」と呼びます。この道は、印象的な聖書の記述ゆえに、今は観光名所となっています。
 本日より受難週が始まりますが、エルサレムはちょうど今ごろ、世界中からの観光客と巡礼者たちが訪れて、さぞかし賑わっていることでしょう。
 イエスが負っていた十字架を思いがけず負わされる羽目になったキレネ人シモンという人物が、この聖書箇所に登場する第一の人物です。第二に、嘆き悲しむ婦人たちが登場します。これらの人々は、イエスの十字架を理解する上で、重要な意味を持つ人物として描かれています。主の十字架への道に同伴したこれらの人々の心の中を想像しながら、本日の箇所を読みます。

●4月10日 受難週 週報巻頭言  牧師 木村 一充


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2022-04-03 17:09:29 (82 ヒット)

礼拝説教「ゲッセマネの祈り」 マルコによる福音書 14:32-42
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週報巻頭言「新年度始まる」

 4月になりました。今週から教会の新年度がスタートします。まずは本日の礼拝の中で、教会学校奉仕者任命式をおこないます。いまだにコロナ感染症の勢いが収まらないため、なお暫くの間はCS分級を再開することはできませんが、各クラスのリーダーと書記を選任して、コロナが収束するのを見届け次第速やかに分級再開ができる体制を整えます。
 また、今年度より毎月、第1週の主日礼拝の中で、牧師からの「招き」の時間を設けます。説教後の祈りの後、牧師から信仰の決心を促す「招きの言葉」が発せられます。新たに信仰の決意をされる方、他教会から当教会に転籍する決意をされた方は、牧師がお招きしますので、その招きに応えるかたちで、応答の賛美歌が歌われている間に会堂の前の方(牧師の立っている所)まで進み出てください。その進み出は、一つの大きな意思表示となりますので、慌てる必要はありません。十分に時間をかけて、「神が示されるその時」を祈りつつ求めてください。決心される方の上に、神さまの恵みと祝福が豊かにありますように、心からお祈りしております。

●4月3日 週報巻頭言  牧師 木村 一充


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2022-03-27 15:50:46 (130 ヒット)

礼拝説教「主の晩餐への招き」 マタイによる福音書 26:26-30
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週報巻頭言「主の晩餐式を考える」

 主の晩餐式は、洗礼(バプテスマ)と並んでプロテスタントの教会で執行される、二つの礼典の中の一つであります。カトリック教会では礼拝の中心に置かれ、「聖体拝領」と呼ばれる秘跡(サクラメント)として位置付けられています。
 しかし、プロテスタントの教会は主の晩餐式を「礼典」と呼び、「サクラメント」とは呼びません。これは、「神による救済は人間のおこないによるのではなく、信仰のみによる」という使徒パウロの教え(ローマの信徒への手紙、ほか)から、晩餐式の執行そのものを救いの条件とは考えていないからです。
 ただ、私たちにとって主の晩餐式が、洗礼と並んで目に見える救いのしるしであることは否定できません。特に晩餐式は洗礼式と異なり、教会員全体がこれに参与し、パンとぶどう酒を「分かち合う」出来事であるとともに、これを繰り返しおこなうことで主の十字架と復活を想起する記念の出来事でもあります。この主の晩餐式にあずかることにどのような意味があるのかを、マタイによる福音書の聖書箇所から、共に考えてみたいと思います。

●3月27日 週報巻頭言  牧師 木村 一充


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2022-03-20 16:36:49 (104 ヒット)

礼拝説教「重荷を負い合う」 ガラテヤの信徒への手紙 6:1-5
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週報巻頭言「祈祷会の学びより」

 先週の祈祷会では、マルコによる福音書6章30節以下の「5千人に食べ物を与える」の箇所からみ言葉を学びました。この5千人の給食の物語は、4つの福音書のすべてに書き記されています。それほど重要な意味を持つ出来事として、福音書記者たちに覚えられていたのです。
 この物語をどう理解するか、いくつかの解釈法があります。一つは、この物語にある出来事すべてが、実際に起きたことだと考える解釈です。食事が十分に準備された事情があったと見る解釈、すなわち、少年が手持ちのパンと2匹の魚を差し出したのを見て、多くの群衆が心動かされ、皆が手持ちの食事を差し出した結果、5千人が食べて満腹になるほどの分量となったと考える解釈です。
 しかし、最も説得力のある解釈は、この物語は主の晩餐式を先取りした出来事であったと考えるものです。手元にある僅かな量のパンと魚。それを取ったイエスは天を仰ぎ、賛美の祈りを捧げて、これを弟子たちに配らせました。その恵みにあずかった群衆は、喜びに溢れ、感謝をもってそれを食べ、そして満たされたのです。主の晩餐式は、そのような神の愛と祝福の業だということが、ここで言われていると考えるのです。

●3月20日 週報巻頭言  牧師 木村 一充


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2022-03-13 16:34:42 (91 ヒット)

礼拝説教「早春の召命」 エレミヤ書 1:4-8
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週報巻頭言「エレミヤの召命」

 エレミヤが預言者として活動を始めたのは、紀元前627年のことです。その預言活動は、紀元前585年まで40年以上という長期に及びます。召命を受けた時、まだ若年であったエレミヤは、神によって「諸国民の預言者」としての任務を与えられました。この称号は、決して誇張ではありませんでした。当時の西南アジア世界は、大きな歴史の転換期を迎えていたからです。それは、オリエントの大国であったアッシリアが新興国のバビロニアに取って代わられ、諸国の勢力地図が塗り替えられようとしていた矢先のことでした。
 エレミヤが見た幻の一つである「煮えたぎる鍋」は、北の方からエレミヤの方に向かって傾いていたといいます。それは、北からの外敵が、煮えたぎるような勢いでイスラエルに襲って来ることを示していました。事実、アッシリアを滅ぼしたバビロニア王ネブカドレツァルによって、紀元前605年にシリア、パレスチナ侵攻が始まります。嘆きの預言者と呼ばれるエレミヤは、危機の時代を生きた預言者でした。

●3月13日 週報巻頭言  牧師 木村 一充


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