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投稿者 : webmaster 投稿日時: 2023-10-15 18:10:41 (137 ヒット)

礼拝説教「神の声に耳を傾けよ」   列王記上(Kings 機  19:1-8
★この説教の文字原稿と動画の掲載は終了しました。
週報巻頭言「神の声に耳を傾けよ」

  本日の聖書箇所である列王記上19章では、イスラエル最初の預言者として旧約聖書に登場するエリヤが体験した試練のことが書き記されています。
  エリヤが活動した時代の北王国では、アハブ王がシドンの王エトバアルの娘、イゼベルを妻に迎えました(これは政略結婚でした)。アハブは、以前のだれよりも主の目に悪とされることを行い、首都であるサマリヤにバアルの神殿を築いてこれを礼拝したばかりか、アシェラ像(豊穣の女神)を造り、これを拝みました。
  エリヤは、アハブ王から派遣されたバアルの預言者たちとカルメル山で対決し、彼らを殺します。王妃イゼベルはこれに怒り、逆にエリヤの命を奪おうとしました。エリヤはこれを聞いて恐れ、エズレルの平野からベエル・シェバまで逃れました。さらに、四十日四十夜歩いて、神の山であるホレブに到着します。そこで、いくつかの驚くべき自然現象を経験しますが、そこには主はおられませんでした。そのあとで、静かにささやく声を聞くのです。それは、エリヤを立ち上がらせる声でした。本日は、ここから聖書のメッセージを聞きます。

●10月15日  週報巻頭言  牧師 木村 一充


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2023-10-08 19:33:23 (128 ヒット)

礼拝説教「世に勝つ信仰」   ヨハネによる福音書(John) 16:29-33
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週報巻頭言「世に勝つ信仰」

  本日の聖書箇所であるヨハネによる福音書16章の終わりは、過越しの食事を弟子たちと分かち合った主イエスが、その食卓でユダを除く11人の弟子たちに向けて語りかけた長い説教(告別説教と呼ばれます)の最後のところです。(告別説教は14〜16章までの3章の全文です)
  冒頭の14章でイエスは、弟子たちに「心を騒がせるな。神を信じ、私を信じなさい」とまず語りかけます。いよいよ自分がユダヤの神殿当局によって捕えられ、処刑されて死ぬということが、主イエスには分かっていました。(ヨハネ16:28参照)
  しかし、たとえ地上での別離を経験したとしても、父なる神は弟子たちに「弁護者」と呼ばれる聖霊を送ってくださる、と主は言われます。仮に今はその意味が分からなくても、真理の霊が来るときには、すべてのことを悟るようになる、というのです。イエス亡き後も弟子として歩み続けることには困難が伴います。しかし、「その日」には、弟子たちの悲しみは喜びに変わると主は言われるのです。
  本日は、このヨハネ福音書16章から、「世に勝つ信仰」と題して、イエスのメッセージを聞いてゆきます。

●10月8日  週報巻頭言  牧師 木村 一充


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2023-10-01 18:28:09 (158 ヒット)

礼拝説教「生き返った息子」   ルカによる福音書(Luke) 7:11-15
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週報巻頭言「生き返った息子」

  本日の聖書の直前の場面であるカファルナウムという町で百人隊長の僕を癒したイエスは、その足でナインという町に移動されました。そこは、カファルナウムから南西に40キロほど離れたところにあり、かつて、旧約の預言者であるエリア、エリシャが活動した地域に属していました。
  一行がその町の門に近づくと、ちょうどある母親の一人息子が死んで、その棺が担ぎ出されるところでした。その母親は、やもめであったと書かれます。聖書では、やもめに対して愛と憐れみをもって対応するようにと、一貫して記されています。ユダヤの社会では、やもめの立場はそれほどに低かったのです。
  「主はこの母親を見て、憐れに思い、『もう泣かなくともよい』と言われた。」と本日の13節に記されます。この聖書の御言葉(みことば)が、この朝わたしどもに語りかけられている聖句です。
  愛する一人息子の死。夫を亡くした女性にとって、これほど悲しいことはありません。彼女にとって、息子は生きる希望であり、自分の命よりも大切な存在であったに違いないのです。その息子の棺を前にして、なぜ「もう泣かなくともよい」とイエスが語ることができたのか。今朝は、そこに焦点を当てて、御言葉(みことば)から聞きます。

●10月1日  週報巻頭言  牧師 木村 一充


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2023-09-24 17:44:13 (146 ヒット)

礼拝説教「人生の再出発」  ルカによる福音書(Luke) 15:11-24
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週報巻頭言「人生の再出発」

  本日の聖書であるルカによる福音書15章には、福音書のたとえ話の中でも特に有名な「放蕩息子のたとえ」と呼ばれるイエスのたとえ話が記されています。
  物語の荒筋は次の通りです。そこには、父親と二人の息子が登場します。そのうちの下の弟のほうが、父親からの財産を生前贈与というかたちで自分の相続分を譲り受け、そのまま遠い国へ旅立ち、そこで放蕩の限りを尽くして、その財産のすべてを使い果たしてしまうのです。やがて、その地方を飢饉が襲いました。彼は、食べる物にも事欠くようになり、その地方に住むある人のところに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやり、豚の世話をさせたといいます。豚はユダヤ人にとっては汚れた動物として、食べることはもちろん触れることさえ忌み嫌われた動物でした。下の弟はどん底の生活を経験したのです。
  その状況下で、弟は父のもとに帰ることを決断します。すべてを失い、神の民としての誇り、生きる目標すら失って戻ってきたこの下の弟を、父親は遠いところから見つけ、走り寄って首を抱き、接吻してその帰還を喜び、彼のために宴会まで開くのです。本日は、ここから響くメッセージに耳を傾けます。

●9月24日  週報巻頭言  牧師 木村 一充


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2023-09-17 16:03:54 (147 ヒット)

礼拝説教「白髪に至るまで」" To your hair becomes gray"  イザヤ書(Isaiah) 46:1-4
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週報巻頭言「白髪に至るまで」

  本日のイザヤ書46章では、冒頭にバビロンの偶像の神々の名前が登場します。「ベル」や「ネボ」と呼ばれたこれらの神々は、戦争の際の守護神として、家畜が引く荷車で運ばれ、担ぎ出される神でありました。もしも、戦争に負けた場合、それらの偶像の神は、敵国(=戦勝国)によって破壊され、あるいは廃棄されました。
  しかし、預言者イザヤは本日の箇所で、捕囚の民に対して「イスラエルの神は、家畜によって運ばれ、担がれるような神ではない!」と語ります。逆に、神ご自身がイスラエルの民の一人一人を、「生れ出た時から白髪に至るまで」持ち運んでくださる神であるというのです。ここには、大いなる逆転と慰めがあります。
  明日は「敬老の日」ですが、高齢であることを、聖書はどのように捉えているのでしょうか。また、「老いる」ということは、聖書の信仰において、どのように理解することができるのでしょうか。本日は、このことを主題として取り上げながら、聖書の信仰において、長寿を全うすることの意味を共に考えてみたいと思います。

●9月17日  週報巻頭言  牧師 木村 一充


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