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■主日礼拝  
毎週日曜日 午前10時〜

教会学校
毎週日曜日 午前11時15分〜
・幼稚科
・小学科 
・少年少女科  
・青年成人科

祈祷会
毎週水曜日 午前10時30分〜
                    午後 7時30分〜
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投稿者 : webmaster 投稿日時: 2018-01-26 10:50:08 (131 ヒット)

✣ 福音を見出す喜び ✣

    昨年6月〜9月の4ヵ月間をカナダのバンクーバーで過ごしました。女性連合を退任して一つの節目を迎えましたので、リフレッシュすること、併せてカナダの社会や教会から学ぶことが目的でした。
    友人知人が一人もいない地で、愛犬ももと二人?だけの生活。でも、幸いなことに歩いて10分程の距離にバプテストの教会があり、先ずはその教会の礼拝に出席しました。皆様に温かく迎えられ、イエスにつながり教会につながることは何と幸いなことかと、改めて思ったのでした。そして教会以外でも多くの出会いがあり、名まえを呼び合う友が与えられ、恵み豊かな滞在となったことを感謝しています。
    「わたしがあなたと共にいる。だから、あなたを襲って危害を加える者はない。この町には、わたしの民が大勢いるからだ」(使徒言行録18:10)。
    昨年は、カナダがイギリスから自治権を獲得して150年の年。記念式での首相の声明には、カナダ150を単なるお祝いごとにせず、歴史を振り返り、先住民への謝罪と、和解の道への取組みのために更に努めていく旨のことが述べられていました。排外主義や自国主義が叫ばれ様々な分断が深刻化するこんにちの世界に、一筋の光を見るようでした。

●1月28日 週報巻頭言 村上 千代(元・東京北キリスト教会 協力牧師)


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2018-01-18 20:02:34 (132 ヒット)

✣ イエスの眼差し ✣

    マルコによる福音書3章1節以下には「手の萎えた人」が出てきます。彼は、手が萎えているのは自分の罪のせいだと言われ、人々から虐げられ、会堂の片隅に追いやられていたのです。しかし、イエス様はこの人に「真ん中に立ちなさい」と言われます(3節)。周囲の人々から虐げられ、肩身の狭い思いをし、いつも片隅に置かれていた人を中心に据える。それはまるで、この人の救いこそが礼拝の中心である…と宣言しているかのようです。イエス様のこの人を見る眼差しは、人々の非難の眼差しとは全く対照的です。その人を片隅に追いやるのではなく真ん中に置いて、馬鹿にし無視するような冷たい眼差しではなく、憐れみ受け入れ支えようとするあたたかい眼差しです。この世の価値観と神の国の価値観との違いが、ここに示されています。その眼差しの中で、彼の手は癒されていくのです。
    一方、その様子を非難の目で見ていた人たちの間に、「安息日」を巡っての問答が起こります。彼らは律法的な正義を振りかざすのですが、イエス様はそんな彼らに「怒り」と「悲しみ」を覚えるのです。安息日の律法を破ってでも、一人の人の命を救うことにこそ、イエス様の本当の思いがあるからです。
    本日の聖書の個所を通して示されるメッセージは、_燭問題を抱えたり、失敗したり間違えたりして、非難や批判を浴びなければならない人に対する、私たちの眼差しへの問いです。∋笋燭措身が問題を抱えたとき、私たちに注がれている、イエス様の眼差しです。私たちは、イエス様によって真ん中へと招かれています。

●1月21日 週報巻頭言 松 準(前・横浜JOYバプテスト教会 牧師)


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2018-01-11 19:24:29 (125 ヒット)

✣ クリスチャンとしての旅路 ✣

        1962年 鹿児島バプテスト教会谷山伝道所にてバプテスマを受ける
                     (当時カトリックの私立高校2年生)

1964-1967年 大学進学時に船橋バプテスト教会に出席するようになる

        1968年 新小岩バプテスト教会に転会後、妻・眞喜子さんと結婚

1969-1976年 新小岩教会の篠崎伝道に参加

1984-1989年 茗荷谷キリスト教会、家庭集会等を経て、市川八幡キリスト教会に転会。
                     同教会の市川大野伝道に参加

1989-1999年 仕事の都合により米国オハイオ州に移住後、ヒルスボロー第一
                    メソジスト教会に出席

1999-2015年 ワシントン州への移転により、シアトル日本人バプテスト教会(JBC)に
                    転会(2001年 JBC日語部牧師に招聘されると共に、シアトル大学
                    神学部に入学)

        2015年 JBCを引退し日本に帰国。市川大野キリスト教会に転会

        2016年 市川大野キリスト教会の協力牧師に就任現在に至る

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●1月14日 週報巻頭言 山 幸男(市川大野キリスト教会 協力牧師) 


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2018-01-05 14:31:26 (123 ヒット)

✣ 先導者ヨハネのイノベーション ✣

    荒れ野で叫ぶ者の声がする。
    主の道を整えその道筋をまっすぐにせよ。

    イザヤ書にも書いてあるように、ヨハネは、罪を告白しヨルダン川で悔い改めのバプテスマを受けるよう、人々へ呼びかけました。この呼びかけに、多くの人がヨハネのもとに来て、罪を告白しバプテスマを受けました。
    ヨハネが始めたバプテスマは、旧約聖書に記されているものではなく、当時の全く新しい技でした。これに、イエス様は自ら臨まれたのです。イエス様は、宣教では旧約聖書に記されていることを解き明かされます。しかし、その公生涯のスタートに採用されたのは、ヨハネの新技だったのです。
    イエス様が水の中から上がると、天が裂け霊が下り、天から声が聞こえました。イエス様が主であることの証です。と同時に、ヨハネのバプテスマの技法が、天に正式に奥義として認められた瞬間でもあります。それから2000年以上たった今でも、そしてこれからも、その奥義は絶えることはありません。イエス様がバプテスマを命じたからです。(本日の招詞 マタイ28:19)。
    一度のバプテスマで、悔い改めが主から認められ、主の命じられたことを守ることができます。その恵みに感謝します。

●1月7日 新年礼拝 週報巻頭言  教会員  武若 智之


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2017-12-28 19:10:36 (109 ヒット)

✣ 希望の中に歩む ✣

    生老病死。古今東西、人の生涯は苦悩に満ちています。人生の普遍的な苦しみを克服しようと、古来、無数の宗教や秘法が生まれました。また、近代に至っては、技術の進歩に根ざした物質的な豊かさ、生活の快適さの内に、苦しみを克服しようとする試みもなされてきました。しかし、それらの努力もむなしく、私たちは未だに、世の苦しみから逃れる有効な術を得られずにいます。ところが、今から2000年も前のこと、特別な秘法を行うことなく、世の苦しみを脱した、少なくともそう見受けられる、一人の老人が現れました。シメオンと呼ばれるその人は、「主が遣わすメシア(救い主)に会うまでは決して死なない」とのお告げを受けていました。彼は、幼いイエス様をひと目見て、この幼子こそメシアだと確信し、こう言います。「今こそあなた(神様)は御自分の僕を去らせてくださいます。主よ。あなたのお言葉どおり、平安のうちに。」シメオンは救い主を目のあたりにして、人々が忌み嫌う「肉体の死」を喜び勇んで受け入れます。彼はこの幼子イエス・キリストを通して神様の御国に通じる道を見、救いを確信したのです。」「わたしは門である。わたしを通って入る者は救われる(ヨハネ10:9)」「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる(ヨハネ11:25)」イエス様のこの御言葉は、単に心の慰めや倫理問題に終始するものではありません。御自身の「十字架」と「体のよみがえり」により、霊的な救いはもとより、肉体をも合わせた「完全なよみがえり」、すなわち「真の生命」を保証してくださっているのです。新たな年が、この御言葉の中に歩む希望の年でありますように。

●12月31日 週報巻頭言  教会員A


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