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マタイによる福音書1章には、3つの段階から成るイエス・キリストの系図が書き記されています。それによると、第1ステージはアブラハムからダビデまでの14代、第2ステージがダビデの子ソロモンからバビロン捕囚までの14代、そして最後の第3ステージが、バビロン捕囚後からマリアの夫ヨセフまでの14代であると報告されています。
第1ステージであるアブラハムの時代からダビデの時代までの期間が少なくとも1000年程度あると見られるのに対し、第2ステージの期間は400年程度であり(ダビデからバビロン捕囚までの期間)、その間の世代数、つまり後継ぎの人数が同じというのはいかにも不自然です。実はこの14という数字には、マタイの特別な意図が反映されているのです。
ところで、この系図の中には4人の女性の名前が書き記されています。通常ユダヤの系図に女性の名前が記入されることはありません(ルカ3章を参照)。なぜマタイは4人を入れたのでしょうか。本日は、この女性たちに光を当てながら、イエス・キリストの系図に込められている意味を探りつつ、クリスマスのメッセージに耳を傾けたいと思います。
●12月17日 大人と子どものアドベント合同礼拝 週報巻頭言 牧師 木村 一充
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クリスマスの秘義(奥義)を考えるにあたり、本日のルカ福音書が記すマリアへの受胎告知の物語は、とても大きな意味を持つ出来事です。「おめでとう、恵まれた方」と天使は挨拶しましたが、それに続く言葉はとても「おめでとう」と言えるようなことではなかったのです。
それは、マリアにとって平穏な日常生活をぶち壊すような神の側からの一方的な選びの出来事でした。「あなたは身ごもって男の子を産む」と告げられた時、マリアはとても喜ぶことなどできなかったでしょう。身に覚えのない妊娠をどうやってヨセフに説明すればよいでしょうか。
聖書が記すクリスマスの物語には、すべて私たちの心を刺す「とげ」のようなものがあります。イエス・キリストの母となるということは、すべての人を救うために十字架につけられ、死なれるお方の人生をそのまま引き受けるということを意味します。マリアにとって、受胎告知の出来事はある意味で「恐怖」であり、また「挑戦」でありました。本日は、その深い葛藤を超えて「お言葉通りこの身になりますように」と答えるに至ったマリアの信仰に思いをめぐらせます。
●12月10日 第二アドベント礼拝 週報巻頭言 牧師 木村 一充
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本日より、教会の暦でアドベント(待降節)に入ります。アドベントとは、ラテン語で「接近」または「到来」を意味する言葉で、イエス・キリストがこの地上にお生まれになるクリスマス前の約4週間を表す教会暦の用語です。12月25日が何曜日になるかによって、その日数は年ごとに変化します。今年は22日間で、昨年と比べて6日も少なく、アドベントの期間がもっとも短い年になります。
クリスマスは、旧約聖書の預言の成就の出来事であると福音書記者であるマタイは捉えています。本日の聖書箇所であるイザヤ書7章の「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと唱えられる。それは『神、我らと共にいます』という意味である」という御言葉(みことば)は、そのままマタイ福音書の2章にも引用されています。イザヤ書7章に登場するアハズ王とマタイ福音書に出て来るヨセフは、ともに大きな危機に直面していました。その時聞いた神の言葉が、「インマヌエル」という名の男の子の誕生の約束でした。本日は、イザヤ書からこの名前が与えられた時代状況を探りつつ、アドベントのメッセージに耳を傾けたいと思います。
●12月3日 第一アドベント礼拝 週報巻頭言 牧師 木村 一充
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本日のマタイによる福音書25章には、花婿の到来を、夜通し油を灯して待っていた10人のおとめのたとえが書かれています。そのうちの5人は愚かで、後の5人は 賢明でした。というのは、花婿の来るのが遅れたので、皆眠り込んでしまったのですが、賢いおとめたちは油の用意があったために、花婿到来の知らせを聞いて、すぐにともし火を整えることができたのです。しかし、愚かなおとめのほうは、油を切らしてしまったため、ともし火を整えられなかった。つまり、花婿を出迎えることができなかったというのです。
ここで「花婿」とはだれのことか。また「油」とは何か、更に「花婿の到来」とは何を表しているのかが問われています。花婿の到来、それは「キリストの再臨」を差し示す言葉です。その日がなかなか来ない中で、多くのキリスト者は「眠りこけてしまう」状態になったわけです。しかし、賢いおとめたちは、油を用意していました。花婿が来た時の「備え」をしていたのです。『起きよ、夜は明けぬ』で知られる賛美歌が作られたのは、このマタイ福音書の記事によるものです。主の来臨に備える信仰を、本日学びます。
●11月26日 世界祈祷週間礼拝 週報巻頭言 牧師 木村 一充
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先週の日曜日に、花野井バプテスト教会の「献堂感謝礼拝」がおこなわれました。当日は79名が新会堂に集い、喜びの礼拝を共にしました。新会堂は木造一部二階(母子室・会議室兼用)建てで、天井が高く、会堂正面の壁には十字架と円形の明かり窓が配置されているという、いかにも教会らしい建物でした。
祝辞を述べられた吉田真司連盟理事長は「ここ数年来、コロナ感染症の流行という事情もあって、連盟の諸教会はどこも苦闘してきたが、そのような中で今回の花野井教会の新会堂建築のニュースは諸教会を元気にする明るいニュースです」と話されました。当初の計画では、新会堂の竣工、完成は2025年の予定だったそうですが、その計画を2年も前倒しで実現したことになります。花野井教会のメンバーの新会堂建築によせる祈りと熱い思いが伝わってくるようでした。
1983年3月に、学習塾を経営していた内藤さんが家庭集会を始めたことから花野井教会の歩みがスタートしたといいます。それから40年が経ち、モーセが荒野からイスラエルの民をカナンの地に導いたように、神さまは花野井教会の歩みを支え続けてくださいました。
●11月19日 週報巻頭言 牧師 木村 一充