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今週の水曜日、2月14日から教会の暦でレント(受難節)に入ります。レントは、イエス・キリストの復活までの40日(その間の6回の日曜日は除く)の間、十字架への道を歩まれたイエス・キリストの苦難を覚えて、慎み深く過ごす期間として主に西方教会において、覚えられてきました。このレントの期間を大切に過ごすことによって、復活祭の喜びがいっそう深く大きくなったのです。
これにともなって、本日はルカによる福音書20章より、「ぶどう園の農夫のたとえ」という見出しが付いている箇所から、御言葉(みことば)に聞きます。イエスは、この譬えを受難週の最中(さなか)に、エルサレムで語りました。ここでは、「農夫」、「主人」、「跡取り息子」といった人物が登場します。これらの人は、だれを指しているのか。また、イエスはこの譬えによって、何を訴えようとしているのか。そのことを共に分かち合います。エルサレムの人々は「そんなことがあってはなりません」と言いました。しかし、実際はそうなりませんでした。そのことを覚えつつ、レントのメッセージを分かち合います。
●2月11日 週報巻頭言 牧師 木村 一充
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本日のヨハネ福音書4章では、主イエスがユダヤを去ってガリラヤに戻る途中、サマリヤ地方を通過した時の出来事が記されています。イエスは、昼の12時ごろ旅の疲れを覚え、シカルというサマリヤの町の井戸のそばに座っておられました。そこに、一人の女が水を汲みにやってきたというのです。
ユダヤでは、水汲みは女性の仕事でしたが、通常それは日が傾く夕方におこなわれることになっていました。彼女は、他の女性たちが集まってくるその時間帯を避け、わざわざ日中、暑い盛りの時間帯に水を汲みにやってきたのです。彼女は、問題を抱えていた女性でした。
そこで、イエスとこの女との対話が始まります。「水を飲ませてください」という求めから始まり、しばらくの間、やりとりを行った結果、彼女はイエスのことを預言者だと認めるのです。ここで問題とな った「生ける命の水」とは何のことか、また、彼女がイエスをメシアだと告白するに至った理由は何だったのか。本日はそこに焦点を当てて、御言葉(みことば)から聞いてゆきます。
●2月4日 週報巻頭言 牧師 木村 一充
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新約聖書によると、教会は「キリストの体」であると言われます(コリントの信徒への手紙一 12章ほか)。教会とは、単なる建物のことではなく、「からだ」として機能する生きた運動体なのです。それゆえ、教会を構成する一人一人の会員は、この運動体の一部(以前の口語訳でいう「肢体」)であり、いわば教会そのものであります。
本日のエフェソの信徒への手紙で、使徒パウロはこの「キリストの体」の成長を説明して次のように言います。「キリストにより、体全体は、あらゆる節々が補い合うことによってしっかり組み合わされ、結び合わされて、おのおのの部分は分に応じて働いて体を成長させ、自ら愛によって造り上げられてゆくのです。」(エフェソ4:16)
本日は、この箇所を手掛かりにして「教会とは何か」を問いながら、同時に、一人一人が主にあって成長することの大切さを分かち合います。2024年度が数ヵ月後に始まりますが、この時期に、共にキリスト の体を立て上げることの意味を、考えてみたいと思います。
●1月28日 週報巻頭言 牧師 木村 一充
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本日の聖書箇所は、出エジプト記13章17節以下です。イスラエルの民がエジプトにいる間、ファラオはモーセによっていくつもの災いを経験させられてきました。全土で甚大な被害をうけたのです。しかし、その都度「主はファラオを頑なにされた」といいます。それはどういう意味だったのか。そのことを、第一に考えます。
次に、モーセに率いられてエジプトから脱出したイスラエルの民でしたが、主はカナンまでの最短ルートであるペリシテ街道ではなく、葦の海にそった迂回ルートを導かれた、と記されます。その理由は、なぜだったのか。そのことを、二番目に考えます。
三番目に、荒野の西北端であるエタムに宿営する中で始まった出エジプトでしたが、この時より、イスラエルの民は40年にわたって、荒野をさまようことになりました。食べ物や飲み物が不足する中での旅がどれほど困難であったことかを思わされます。しかし、その民を「昼は雲の柱、夜は火の柱」が民の先頭に立って導いたと聖書は記します。その意味を共に考え、信仰に生きる人生の幸いについて、分かち合います。
●1月21日 主日礼拝 週報巻頭言 牧師 木村 一充
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本日の聖書箇所である「フィリピの信徒への手紙」は、使徒パウロが第2回伝道旅行の途上、トロアスの町を訪問した際に、夢の中で「マケドニアの叫び」を聞き、海をわたってギリシャの地に入り、マケドニア第一の都市と呼ばれていたフィリピの町において設立した教会の信徒たちに書き送った手紙です。この手紙を書いた時、パウロはローマ官憲によって獄に繋がれていました。その場所はエフェソだったのではないかと言われています。
パウロはここで、フィリピ教会の中で生じた問題(教会の中に入ってきたにせ教師たちによって引き起こされた教会の混乱)に対して、「キリストのへりくだり」を説きながら、キリストに対して従順となり、何事も不平や理屈を言わずにおこなうことをフィリピの教会員に勧告しました。そうすれば、曲がった邪悪な今の時代の中で、あなたがたは世にあって星のように輝くでしょう、と告げたのです。
「何事にも呟かず、主の業に黙々と励む」
このことは、信仰生活の一つの目標でもあります。本日は、このパウロの手紙から神の言葉を聞いてゆきます。
●1月14日 週報巻頭言 牧師 木村 一充