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投稿者 : webmaster 投稿日時: 2019-10-26 14:39:17 (787 ヒット)

✣ 絶えることのない主の見守り ✣

    「ヤハウェよ、あなたは私を探り、知ってくださる。/私が座すのも立つのも、あなたは知っておられる、遠くから、あなたはわが思いをわきまえられて。/私が出るのも入るのも、あなたは察してくださる。わが歩みのすべてを、あなたは承知しておられて。/じつに、わが舌にまだひとつの言辞さえなくとも、ヤハウェよ、あなたはすべてを知っておられる。/後ろからも前からも、あなたは私を囲み、わが上にあなたの掌をおいてくださった。/その知識は私にはあまりに不思議、あまりに高く、私には及びません。」(詩篇139:1後半〜6、月本明男訳、下線筆者)
    この詩人は、「私」の行動も、心の奥底にある思いも、すべてをご存じで、祝福してくださる神が、小さな存在である「私」に思いを寄せてくださる不思議、神への思いを詠う。それだからこそ、「私」は神の前に自分を隠すことも、神から逃れることもできない(7節〜)。ヨハネ福音書に「弟子のシモン・ペトロは『主だ』と聞くと、裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込んだ。」、とある(21:7)。私たちは、恥ずかしい自分を隠そうとし、主から逃れようとする。しかし主は、私たちが隠れている間も愛をもって見守っておられ、水から上がって来るのを待っていてくださっていることを思う。

●10月27日 週報巻頭言  牧師  村上 千代


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2019-10-19 15:25:03 (852 ヒット)

✣ 夜明け前 ✣

    今日の宣教題について、ある方から「小説の題名からですか」と問われた。この題は、島崎藤村の小説で知られているからだ。しかし、宣教題はそれとは違う。恵泉教会の賛美グループ「アムハアレツ」(地の民)が、イザヤ書21章、詩編130編をもとにつくった歌の題からつけさせていただいた。

  「東の空遠く 夜明けは来るのだろう
     廃墟の片隅に 来るのだろう
     来るのだろう
         夜回りよ 夜回りよ あしたは近いか
         望み待つ あしたは 来るのだろう
     崩れた町に立ち 何を見たのだろう
     夜中の今はもう 何どきになるのだろう
         夜回りよ 夜回りよ あしたは近いか
         望み待つ あしたは 来るのだろう
     誰もが踏んできた 罪の代償を
     自ら払うべき時が今 来たのだろう
         夜回りよ 夜回りよ あしたは近いか
         望み待つ あしたは 来るのだろう」
                                             (詞・千野 肇)

    現代における「廃墟」は、足元にも、世界のあちこちにも存在する。罪の現実、悲しみや苦しみの現実、希望を失いそうな現実の中で、わたしたちは救いを求める。
    詩編130編の詩人は歌う。わたしの魂は、見張り(夜回り)が朝を待つにもまして、主を待ち望むのだ、と。

●10月20日 週報巻頭言  牧師  村上 千代


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2019-10-12 16:36:18 (848 ヒット)

✣ 助けはどこから ✣

    「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。/わたしの助けはどこから来るのか。/わたしの助けは来る/天地を造られた主のもとから。」(詩編121:1、2)
    2011年3月11日の東日本大震災で一時避難所となった教会を手伝いに行った時、教会の掲示板にこの言葉が貼られていた。震災前からすでにあったものなのかもしれない。突然の未曽有の出来事で多くの命が奪われ、甚大な被害がもたらされ、「神さま、なぜ」と立ち尽くすことしかできないような状況のただ中で、教会の前を通る人は、どんな思いでこの言葉を見ていたのだろうか。
    この歌は、バビロンに強制移住させられ捕囚にされたイスラエルの民が、やがてエルサレムへの巡礼がゆるされるようになった時代のものだと言われている。絶望的な状況の中で、信仰が揺らいでいたイスラエルの民の問いに、詩人は確信をもって答える。「わたしの助けは来る。天地を造られた主のもとから」、と。助けは、人から来るのでも、エルサレムの山々から来るのでもないのだと。
    日常が崩され、生活の土台を失い、先の見えない不安の中で、なお神に信頼がおけるかがここで問われている。同時に、わたしたちが苦難のただ中で神への信頼が揺らぐ時、神の見守りを切に願う仲間の祈りがあることもここで知らされ励まされる。

●10月13日 週報巻頭言  牧師  村上 千代


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2019-10-05 14:22:23 (770 ヒット)

✣ キリストにおいて一つ 〜南アフリカ報告〜 ✣

    この夏、南アフリカ共和国(南ア)に3週間行ってきました。南アは、アフリカ大陸の国々に対して大きな影響力を持っています。一昨年に訪れたザンビアという国は、世界的な銅の産出国ですが、その銅を精錬する技術が自国にないため、南アがその粗銅を加工して世界中に輸出していました。大陸において経済的に大きな力を持つ南アですが、私が過ごしたケープタウン(日本でいう横浜のような大都市)から車で30分も走れば、まだまだ「スラム」はたくさんあります。現在、南アの失業率は29%で世界ワースト2位。街には、仕事のない若者がたくさんいます。
    アパルトヘイト(人種隔離)政策の撤廃から25年。ネルソン・マンデラ氏の「虹の国」の思想は今でも敬愛されていますが、経済的解放の戦士(EFF)という政党が「白人から土地を奪い返せ」をスローガンに、貧しい「黒人」若年層から大きな支持を集めています。また、現地で知り合ったパレスチナ人には、「私の国ではアパルトヘイトは今も続いている。」と言われ、世界が抱える問題の複雑さに愕然としました。私のホストマザーは、EFFのテレビ中継を見た後、「このことにすら神様の大きな計画がある。祈りましょう。」と一緒に祈ってくれました。敵意という隔ての壁を取り壊し、二つのものを一つにしてくださるキリストを信じ、世界の平和のために働いていきたいです。

●10月6日 週報巻頭言  教会員  H.T.


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2019-09-28 14:24:54 (810 ヒット)

✣ 共感・連帯 ✣

    先週月曜日、「礼拝〜会衆讃美を豊かに〜」というテーマで東ブロックの集会があり、12教会から約100名の参加で行われました。講師の江原美歌子連盟教会音楽室長による講演、分団に分かれての語り合い、賛美指導、など、参加した方々はきっと楽しまれたことでしょう。そして改めて、共に集うことの恵みを実感したのではないでしょうか。日本の教会の多くは小さな群れです。小さいから弱いということではありませんし、それぞれが福音宣教の働きに喜びをもって仕えています。しかし、少子高齢化の時代の中で、どの教会も苦闘している現実があります。だからこそ、皆で集まって主にある交わりを喜び、仲間たちとつながって励まし合うのです。
    今日の聖書、ルツ記4章では、ルツが男の子を産むと、近所の女たちが、ナオミに子どもが生まれた、と喜び、主をほめたたえます。家系を継ぐために男の子を産まなければならないという抑圧の中で生きている女たちだからこそ、ナオミの痛みに共感し、連帯したのでしょう。さらに彼女たちは、その子にオベド「(神の)しもべ」と名前をつけました。ここでは、ルツに対する「おめでとう」はなく、ルツの言葉はひと言もありません。このことは何を意味しているのでしょうか。各自で考えてみたいことです。

●9月29日 週報巻頭言  牧師  村上 千代


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