✣ 神の導きと支え ✣
新生讃美歌570「たとえばわたしが」(詞・曲 野中宏樹)は、約30年前につくられた歌で、この間連盟諸教会で広く用いられ、親しまれてきました。しかし作者は、3番の詞を何とかしたいとずっと考えていたようで、この度のコロナ危機の中で、3番の詞を下記のように変え、2020年バージョンとして歌っています(変更は下線部)。
イェスさまと共に 歩き出すときに
あなたも気づくだろう 誰かのあしあと
砂の上につづく その足あとたちは
あなたとイェスさまと数えきれぬ人びと
共に生きるよろこび かみしめながら
歩いてゆく あなたのそばにはいつも
もうひとつの足あと
共に生きるよろこび かみしめながら
歩いてゆく あなたのそばにはいつも
数えきれぬ足あと
私たちは、困難な道を歩まなければならない時、「なぜ」と問いかけたくなるようなことがあります。また、その道をひとりで歩いているような孤独を味わうこともあります。しかし、私たちは本当にひとりぼっちなのでしょうか。旧約の時代から、「あなたはひとりではない、私が共にいて導き支える」と、神の約束が語られています。神のその約束と、困難な道を共に歩む多くの隣人の存在に気づいていきたいと思います。
●9月6日 週報巻頭言 牧師 村上 千代
✣ 主の導きを信じて歩む ✣
私は今、高校時代の同級生の友人が2年半前にJR柏駅近くで開業した小さな学習塾で、アルバイトをしています。塾講師歴25年の友人は、教材研究から学習指導・受験指導の全般をこなし、私は裏方のパソコン業務や、財務・税務の事務などを担当しています。
独立開業から2年、何とか軌道に乗っていたその塾も、コロナ危機の大きな影響を受けています。毎年、2月から4月は新年度の生徒を募集する大切な時期なのですが、今年はコロナで学校が長期休校になっていたため、学習塾も積極的に生徒募集をすることができませんでした。感染予防の対策をしながら、学校に行けない子どもたちに学びの場を提供し続けていましたが、卒業した子どもの数だけ新年度の生徒は減ってしまい、既存の生徒と僅かな新入塾生で、今年度は乗り切るしかありません。休校期間を補うために短くなった学校の夏休みに合わせて、塾の夏期講習も例年の半分以下の期間しか行えず、大幅な受講料収入減となりました。やむなく、中小事業者支援の公的給付金を可能な限り申請して、減収分の一部を補いました。
今、街のあちこちで閉店するお店が多く見られる中、己の働く場が事業を継続できている恵みを、感謝しています。皆がコロナの感染を予防しながらも、経済的困難に苦しむ人を減らしていけるように、社会全体が変わっていくことを心から祈っています。
●8月30日 週報巻頭言 教会員 K.T.
✣ 困難の中に希望を見る ✣
新型コロナウイルス第二波到来と言われています。いつになったら終息を迎えるのか、わたしたちには分かりませんが、とにかく感染予防に留意しながら、今を生きていきたいと思います。
今年度になってコロナの影響を受け、さらに豪雨被害が重なった方々のことを思う中、学生たちの状況が気になり、バプテスト連盟と関係のある大学(福岡市)のキリスト教活動支援課の方に状況をお尋ねしました。
「コロナ禍でアルバイト収入が激減し、食費を切り詰めて『1日1食』の生活を送っている学生たちの存在が明らかになり、学生への修学支援として『食料の無償配布』を企画、これまで第3弾まで実施、延べ534名の学生たちに食料が届いた」とのことでした。この活動は、困窮している学生たちに一方的に食料を配布するのでなく、「わずかな時間でも、できるだけ学生たちに声をかけ、コミュニケーションを大切にしていること」「学生たちが自分の好きなものを、『選ぶ』形で実施したこと」など、人と人との関係性や、個人の主体性を大切にしています。それゆえ学生たちは、食料への感謝はもちろんですが、それ以上に自分たちは忘れられていないこと、自分たちに寄り添おうとしてくれる人たちがいることに、励ましや希望を与えられているようです。困難の中で、イエスが生きて働いておられることを知らされます。
●8月23日 週報巻頭言 牧師 村上 千代
✣ 低みにくだる神 ✣
本日の礼拝で、栗ヶ沢教会の群れに加わることを希望している方の証しをお聞きします。神さまは、わたしたち一人ひとりに、それぞれの仕方でイエス・キリストとの出会いを導いてくださり、救いにあずからせてくださっていることをおぼえます。
「子育てのあらゆるアクシデントもイエス様がいつも見守ってくださっているのを感じ、壁を一つ一つ乗り越えることができました」と、証しの中で語られています。人生には、いろんなことが起こりますが、その中で、イエスの十字架による神のゆるしと、どんな時も神が共にいてくださると信じる信仰によって与えられる平安と、困難を乗り越える力を知らされます。
神は、わたしたちが苦しい時、困難な時、絶望する時、すなわち、落ち込んだり、自らが低くされたところに降りてきて救ってくださる方であります。神は、遠い方ではなく、「近い方、共感する救い主、愛の神」なのです。その神が、わたしたちの人生にかかわってくださるのですから感謝です。
今日、新しい方をお迎えするにあたり、わたしたちも一人ひとりが自らの信仰を振り返り、イエス・キリストに新しくされて、共に新たな歩みへと踏み出していきたいと思います。この出来事を皆で喜び、感謝して、主のみ名をほめたたえます。
●8月16日 週報巻頭言 牧師 村上 千代
✣ 平和をつくりだす ✣
1945年に、広島と長崎に人類史上初めて原子爆弾が投下されてから75年。広島は8月6日に、長崎は今日8月9日に、75回目の「原爆の日」を迎えました。
17歳の時に被爆し、後にキリスト者となった長崎教会のYさんは、自らの体験を語ることを通して、愚かな戦争を二度と繰り返さないこと、核兵器の廃絶を訴え続けておられます。彼女は5年前に、『被爆七十年に思うこと』という小冊子をつくりました。この中の「くり返してはならない」というYさんの詩の一部が、昨年の平和祈念式典での「長崎平和宣言」に引用されていました。
冊子の中で、Yさんは次のように述べています。「神は、『人は愛されるため、そして互いに愛し合って平和に過ごすために生まれたのです』と教えてくださいました。私達の生きる意味もここにあると思います。世界中の人が皆このことのために学び、考え、労するならば地球はどんなに素晴らしいところとなるでしょうか。・・・・・・戦後七十年を経て日本は戦争体験のない人々の時代となっています。私たちは忘れやすく、弱い者です。先の戦争を省みて学ぶことがなければ再び同じ過ちを繰り返すことになるやもしれません」。そして、戦争のない平和なこの時に生かされている私たちに、平和を守る責任が与えられているのだと言われます。この言葉を重く受け止めたいと思います。
●8月9日 平和祈念礼拝 週報巻頭言 牧師 村上 千代