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新約聖書の中心的な教えは「隣人愛」である、と言われています。その背景には、旧約聖書の律法(トーラー)のひとつである、レビ記19章18節の戒めがあります。「復讐してはならない。民の人々に恨みを抱いてはならない。自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。わたしは主である。」
この箇所は、ヘブル語では「隣人に対して愛しなさい」という表現になっています(目的格ではなく与格、第4格ではなく第3格)。それは、元々は「隣人に対して、友好的な態度で接する、友好的にふるまう」というくらいの意味であったと考えられます。
ユダヤ人は、このレビ記19章の戒めを解釈するに当たって、「隣人」とは誰なのか、異邦人や罪人は愛すべき対象である「隣人」に該当するのか、ということを真剣に議論しました。しかし、イエスはこのような捉え方を退けて、「人が主体的に助けを必要としている人の隣人となること」の大切さを説きました。その延長線上に、本日の聖書箇所、マタイによる福音書5章の言葉があります。
おそらく、イエスご自身の言葉とみられる「汝の敵を愛せよ」というみ言葉から、聖書に聞きたいと思います。
●5月 8日 週報巻頭言 牧師 木村 一充
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ローマの信徒への手紙7章7節以下には、かつて罪と死の律法のもとにあった「わたし」がいかに悲惨であったかが、モノローグ(独白)の形式で表現されています。この「わたし」はいったい誰なのか。宗教改革者ルターは、回心してキリスト教徒となったパウロを指していると解釈し、それ以来、これが有力な見解として多くの人に支持されてきました。
若き頃、ファリサイ派のユダヤ人としてエルサレムに上京し、律法を深く学び、熱心さの点では誰にも引けを取らないと自負していたパウロ(フィリピの信徒への手紙3章6節参照)が、イエス・キリストとの出会いを通して信仰的な転向を経験させられて、「わたしは、律法に対して死んだ」と告白するまでになったのです。
なぜパウロは、それまでの信仰理解、すなわち「人は律法のおこないによって救われる」という考え方(行為義認論)から、「人は、ただ信仰によってのみ救われる」(信仰義認論)という考え方へ方向転換したのか。その間の消息を、本日はローマの信徒への手紙7章25節に登場する「カリス」という言葉(恩寵、または感謝と訳されるギリシャ語)の意味を考えることを通して、分かち合ってみたいと思います。
●5月 1日 週報巻頭言 牧師 木村 一充
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イエス・キリストの復活の出来事を体験した弟子たちが、その後どのようにして信仰的に立ち直り、また、どのようなかたちでエルサレムに再び集結して最初の教会を立てたのか、歴史的な意味における「事実」について、残念ながら新約聖書には詳しく記されていません。
ヨハネによる福音書21章に、「イエスが死者の中から復活した後、弟子たちに現れたのは、これでもう三度目である」という言葉があります。復活のイエスは、何度も弟子たちの前にご自身を現された、あるいは、現れなければならかった。そうしなければ弟子たちには、イエスが復活したことがリアルに感じられなかった、イエスの復活が分からなかった、ということではないでしょうか。
本日の聖書箇所には、失意のうちにガリラヤに帰り、元の職業であった漁師の仕事を再開しようとした7人の弟子たち、とりわけシモン・ペトロの前に、イエスがご自身を現した出来事が書かれています。ペトロと復活のイエスとの再会のシーンを描くこの記事は、復活を描いた数ある記事の中でも、最も印象的なものであると言って良いように思われます。本日はこの場面から、復活の主に出会うとはどういうことかを、ご一緒に読んでみたいと思います。
●4月24日 週報巻頭言 牧師 木村 一充
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イエスが十字架上で息を引き取ったのは、金曜日の午後3時過ぎのことでした。遺体は、その日の内にローマの兵士たちによって下ろされ、引き取りを申し出たアリマタヤのヨセフによって、彼の園に移送されました。ヨセフは、主の遺体を亜麻布にくるみ、掘ったばかりの新しい墓に納めました。イエスの母マリアと、マグダラのマリアがそこに一緒に同行して、イエスの遺体が納められた場所を見届けました。
翌日はユダヤの安息日(土曜日)であったため、律法の規定により、遠方への外出はできませんでした。そこで彼女たちは、安息日が明けた翌々日(日曜日)の朝早くに、墓に向かって出かけました。イエスの葬りが簡易的にしかなされていなかったので、遺体に油を塗って改めて丁重に葬るために、香油や包帯を買いそろえて、そこに向かったのです。
彼女たちが目的を果たすためには、墓の入り口を塞いでいるあの大きな石を転がして、墓を開封することが必要でした。しかし彼女たちの力では、とてもできそうにないことだったので、彼女たちにとってそのことは、一番の心配事だったと思われます。ところが、墓に着いた時、驚くべきことが起こったのです。
●4月17日 イースター礼拝 週報巻頭言 牧師 木村 一充
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本日の聖書箇所には、イエスが十字架を負わされ、茨の冠をかぶってカルバリの丘への道を歩んでゆく途中で起きた出来事が、書き記されています。
その当時ローマの兵士たちが駐屯していた「アントニオ要塞」から、イエスが息を引き取った場所とされる「聖墳墓教会」までのおよそ500メートルの道を、ラテン語で「ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)」と呼びます。この道は、印象的な聖書の記述ゆえに、今は観光名所となっています。
本日より受難週が始まりますが、エルサレムはちょうど今ごろ、世界中からの観光客と巡礼者たちが訪れて、さぞかし賑わっていることでしょう。
イエスが負っていた十字架を思いがけず負わされる羽目になったキレネ人シモンという人物が、この聖書箇所に登場する第一の人物です。第二に、嘆き悲しむ婦人たちが登場します。これらの人々は、イエスの十字架を理解する上で、重要な意味を持つ人物として描かれています。主の十字架への道に同伴したこれらの人々の心の中を想像しながら、本日の箇所を読みます。
●4月10日 受難週 週報巻頭言 牧師 木村 一充