メッセージ : 祝福・どんでんがえし
【祝福・どんでんがえし】
アブラハムの孫たちは双子でした。どちらが兄で弟なのか?便宜的にはどちらかを兄と定めはしますが、どちらも同時に宿った子どもです。すると「長子の権利」「長子の祝福」をどちらが受け継ぐべきなのかもほんとうのことは人間にはわからず、便宜的に定めるしかないのです。
エサウとヤコブは、この曖昧さと人間の便宜の中で宿命づけられます。ヤコブは「弟」と位置づけられてしまった自分の宿命と闘います。父の祝福を受け取ることにこだわり、兄のエサウの隙を狙い続けるのです。一方、「兄」と位置づけられたエサウは、その便宜上の権利に安住し、うっかりその特権を軽んじてしまうのです。ヤコブのこだわり勝ちです。祝福はヤコブの手に渡ってしまいます。
ところが、面白いのはそこからです。祝福を手にしたはずのヤコブの方が、父の家を逃げ出し、寄留者となって生きて行かねばならなくなるのです。どんでん返しのどんでん返し。そうです。長子の祝福とは、土地や財産を受け継ぐことではなく、「出発する人生」を追体験するということだったのでした。
●7月17日 週報巻頭言 吉高 叶
- 2026年 3月15日 主日礼拝 (2026-03-15 16:01:15)
- 2026年 3月 8日 主日礼拝 (2026-03-08 16:03:30)
- 2026年 3月 1日 主日礼拝 (2026-03-01 20:34:42)
- 2026年 2月22日 主日礼拝 (2026-02-22 16:03:00)
- 2026年 2月15日 伝道開始記念礼拝 (2026-02-15 16:17:57)
- 2026年 2月 8日 主日礼拝 (2026-02-08 17:06:46)
- 2026年 2月 1日 主日礼拝 (2026-02-01 21:18:02)
- 2026年 1月25日 主日礼拝 (2026-01-25 15:47:24)
- 2026年 1月18日 主日礼拝 (2026-01-18 16:23:21)
- 2026年 1月11日 成人祝福礼拝 (2026-01-11 15:51:37)



