★この説教の文字原稿の掲載は終了しました。動画の掲載はありませんでした。
本日の詩編40編には「ダビデの賛歌」という小見出しが付いています。ここでは、ダビデの名前を借りた一人の詩人が、何か大きな試練を体験したこと、さらに、それをくぐり抜けた後の感謝と喜びの思いが表現されています。
それがどのような体験だったのかは詳しく述べられてはいません。しかし、詩人がこの試練のただ中に放り込まれた時、彼は未来への望みを断たれ、泥沼のような苦しみと悲しみを味わったと言うのです。
信仰をもって歩む人生の歩みの中で、私たちも同じような苦しみや悲しみを経験します。その苦しみは「キリストゆえの苦難」であることもしばしばです。「信仰がなければ、このように苦しむ必要はなかったはずなのに…」そのような思いを抱くことも、少なくないのです。
しかし、本日の詩編40編で、詩人は最後に感謝を込めてこう言います。「主は耳を傾けて、叫びを聞いてくださった。…わたしの口に新しい歌を、神への賛美を授けてくださった」と。
本日は、この詩編40編から神さまのメッセージを聞き取ります。
●6月11日 週報巻頭言 牧師 木村 一充
Today's Psalm 40 has the subheading "David's Hymn." Here, one psalmist who borrows David's name expresses his experience of some great trial, as well as his feelings of gratitude and joy after passing through it.
He does not elaborate on what the experience was like. However, when the poet was thrown into the middle of this ordeal, he says that he experienced muddy suffering and grief, with his hopes for the future cut off.
In our walk of life with faith, we experience similar suffering and sorrow. Often that suffering is "suffering because of Christ. We often think to ourselves, "If I didn't have faith, I wouldn't have to suffer like this..."
But in today's Psalm 40, the poet concludes with thanksgiving: "The Lord listened, and heard the cry. He gave me a new song, praise to God."
Today, we hear God's message from Psalm 40.
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