メインメニュー
集会案内

新型コロナウイルス
感染症(COVID-19)への
対応《8/7版》('22/8/8)

礼拝説教(直近10週分)
文字原稿動画
「メッセージ」コーナーで
ご覧いただけます。
('22/6/6)

*献金振込先ご案内*

・・・・・・・・・・

アクセス(教会への地図)


■主日礼拝  
毎週日曜日 午前10時〜

教会学校(現在休止中)
毎週日曜日 午前1115分〜
・幼稚科
・小学科
・少年少女科
・青年科
・成人科
・牧師室クラス

祈祷会
(8月中、朝休会、
  夜対面Zoomにて開催)

毎週水曜日 朝1030分〜
                  夜  730分〜
リンク
メッセージ
メッセージ : 2022年 5月 1日 主日礼拝
投稿者 : webmaster 投稿日時: 2022-05-01 15:06:25 (139 ヒット)

礼拝説教「感謝すべきかな」 ローマの信徒への手紙 7:18-25
★この説教の文字原稿と動画の掲載は終了しました。
週報巻頭言「感謝すべきかな」

 ローマの信徒への手紙7章7節以下には、かつて罪と死の律法のもとにあった「わたし」がいかに悲惨であったかが、モノローグ(独白)の形式で表現されています。この「わたし」はいったい誰なのか。宗教改革者ルターは、回心してキリスト教徒となったパウロを指していると解釈し、それ以来、これが有力な見解として多くの人に支持されてきました。
 若き頃、ファリサイ派のユダヤ人としてエルサレムに上京し、律法を深く学び、熱心さの点では誰にも引けを取らないと自負していたパウロ(フィリピの信徒への手紙3章6節参照)が、イエス・キリストとの出会いを通して信仰的な転向を経験させられて、「わたしは、律法に対して死んだ」と告白するまでになったのです。
 なぜパウロは、それまでの信仰理解、すなわち「人は律法のおこないによって救われる」という考え方(行為義認論)から、「人は、ただ信仰によってのみ救われる」(信仰義認論)という考え方へ方向転換したのか。その間の消息を、本日はローマの信徒への手紙7章25節に登場する「カリス」という言葉(恩寵、または感謝と訳されるギリシャ語)の意味を考えることを通して、分かち合ってみたいと思います。

●5月 1日 週報巻頭言  牧師 木村 一充


印刷用ページ 


日本バプテスト連盟   栗ヶ沢バプテスト教会

  〒270-0021  松戸市小金原2-1-12 047-341-9459


 栗ヶ沢バプテスト教会 Copyright© 2009-