メッセージ : 2022年 5月 1日 主日礼拝
礼拝説教「感謝すべきかな」 ローマの信徒への手紙 7:18-25
★この説教の文字原稿と動画の掲載は終了しました。
★この説教の文字原稿と動画の掲載は終了しました。
週報巻頭言「感謝すべきかな」
ローマの信徒への手紙7章7節以下には、かつて罪と死の律法のもとにあった「わたし」がいかに悲惨であったかが、モノローグ(独白)の形式で表現されています。この「わたし」はいったい誰なのか。宗教改革者ルターは、回心してキリスト教徒となったパウロを指していると解釈し、それ以来、これが有力な見解として多くの人に支持されてきました。
若き頃、ファリサイ派のユダヤ人としてエルサレムに上京し、律法を深く学び、熱心さの点では誰にも引けを取らないと自負していたパウロ(フィリピの信徒への手紙3章6節参照)が、イエス・キリストとの出会いを通して信仰的な転向を経験させられて、「わたしは、律法に対して死んだ」と告白するまでになったのです。
なぜパウロは、それまでの信仰理解、すなわち「人は律法のおこないによって救われる」という考え方(行為義認論)から、「人は、ただ信仰によってのみ救われる」(信仰義認論)という考え方へ方向転換したのか。その間の消息を、本日はローマの信徒への手紙7章25節に登場する「カリス」という言葉(恩寵、または感謝と訳されるギリシャ語)の意味を考えることを通して、分かち合ってみたいと思います。
●5月 1日 週報巻頭言 牧師 木村 一充
- 2025年 3月30日 主日礼拝 (2025-03-30 16:15:26)
- 2025年 3月23日 主日礼拝 (2025-03-23 15:39:39)
- 2025年 3月16日 主日礼拝 (2025-03-16 18:46:44)
- 2025年 3月 9日 主日礼拝 (2025-03-09 16:20:48)
- 2025年 3月 2日 主日礼拝 (2025-03-03 18:00:16)
- 2025年 2月23日 主日礼拝 (2025-02-23 16:01:29)
- 2025年 2月16日 教会組織50周年、伝道開始55周年感謝礼拝 (2025-02-16 17:35:12)
- 2025年 2月 9日 主日礼拝 (2025-02-09 16:28:45)
- 2025年 2月 2日 主日礼拝 (2025-02-02 17:10:19)
- 2025年 1月26日 主日礼拝 (2025-01-26 16:28:28)