✣ 希望の中に歩む ✣
生老病死。古今東西、人の生涯は苦悩に満ちています。人生の普遍的な苦しみを克服しようと、古来、無数の宗教や秘法が生まれました。また、近代に至っては、技術の進歩に根ざした物質的な豊かさ、生活の快適さの内に、苦しみを克服しようとする試みもなされてきました。しかし、それらの努力もむなしく、私たちは未だに、世の苦しみから逃れる有効な術を得られずにいます。ところが、今から2000年も前のこと、特別な秘法を行うことなく、世の苦しみを脱した、少なくともそう見受けられる、一人の老人が現れました。シメオンと呼ばれるその人は、「主が遣わすメシア(救い主)に会うまでは決して死なない」とのお告げを受けていました。彼は、幼いイエス様をひと目見て、この幼子こそメシアだと確信し、こう言います。「今こそあなた(神様)は御自分の僕を去らせてくださいます。主よ。あなたのお言葉どおり、平安のうちに。」シメオンは救い主を目のあたりにして、人々が忌み嫌う「肉体の死」を喜び勇んで受け入れます。彼はこの幼子イエス・キリストを通して神様の御国に通じる道を見、救いを確信したのです。」「わたしは門である。わたしを通って入る者は救われる(ヨハネ10:9)」「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる(ヨハネ11:25)」イエス様のこの御言葉は、単に心の慰めや倫理問題に終始するものではありません。御自身の「十字架」と「体のよみがえり」により、霊的な救いはもとより、肉体をも合わせた「完全なよみがえり」、すなわち「真の生命」を保証してくださっているのです。新たな年が、この御言葉の中に歩む希望の年でありますように。
●12月31日 週報巻頭言 教会員A
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