メッセージ : 幸いなるかな、この道
【幸いなるかな、この道】
“
心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。”
これに続き八つの「幸い」が重ねられていく。主イエスから従ってきた弟子たちや人々に向かって。
しかし、これは、一般的な幸福論ではない。祝福される人間像でもない。まさにここに主イエスの道がある。これはまさに十字架と復活、十字架と神の国ではないだろうか。
主イエスの道こそ、心底貧しく、悲しむべきものを知り、義に渇き、憐れみ深く、平和を創り出す道であった。その貧しさと悲しみと迫害は十字架において徹底的なものとなる。しかし、神はこれを慰め、これを満たし、神の子とされ、神の国のものとなされた。これがよみがえりであり、命である。
今、主イエスは、ご自分に従う者たちに「幸いなるかな」と呼びかけられる。主の道に従うところで生じる貧しさ、悲しみ、義への飢え渇き。人間自身の手によって満たすことをせず、主イエスの道にそれを求める者は、その全てが、主なる神から満たされていく。そこにだけ、真の幸いがある。
●4月18日・週報巻頭言 吉高 叶
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