メッセージ : 苦悩の使徒
苦悩の使徒
「使徒たちがどれほどのもの」「パウロがなんぼのもの」。コリントの一部のクリスチャンたちは、ギリシャの哲学や知恵を身につけた自分たちを、霊的にも存在的にも高次元に到達した人間だと自負し、パウロや使徒たちの教えをないがしろにするような発言をしていたようです。
「もう聖書の戒めも乗り越えた。」「もう使徒もパウロも乗り越えた。」「われわれは誰からも束縛されない自由で賢い存在だ。」
パウロはそんな彼らにまっすぐ挑んでいきます。
「すべては与えられた恵みではないか。人は、ただ神の僕、恵みの管理者ではないか。人に誉れを与えるのも、人の業を審くのも、ただ神のみ。そのことを知らねばならない。王様にでもなったかのようなあなたたちに問いかけたい。真の王、主イエスはどのように歩まれたか。そして、どこに死なれたか。ほんとうの自由とは、人々の僕となることを選ぶことができるほどの、あの主イエスの貧しさと低さではないか。あの方に倣おう。仕え合い、互いに尊敬し合って生きていこう。」と。
●1月31日・週報巻頭言 吉高 叶
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