メッセージ : 礼拝へ、そして礼拝から
【礼拝へ、そして礼拝から】
信仰生活の中心が、そして教会の業の中心が礼拝であることは言うまでもありません。信仰生活の一部として礼拝があり、教会の諸活動の一つとして礼拝があるのではないのです。礼拝する生活としての信仰生活であり、礼拝する群れとしての教会なのです。
礼拝は、前奏・招詞に始まり、祝祷・後奏をもって終わります。けれども、礼拝者としての生活は、祝祷・後奏から派遣されて始まり、礼拝した者としての労働、勉学、生活を歩んだのち、再び主の日に礼拝式の場に戻ってくるという循環をもっています。
礼拝を示す聖書の言葉はラトレイアといいます。もともと「服従・奉仕」という意味の言葉です。礼拝は、ずばり、神への奉仕なのです。「奉仕」と聞くと、自分には何ができるだろうと考えてしまいますが、礼拝こそが、神が最も喜ばれる奉仕です。そして礼拝は、神の国の先取りでもあります。老若男女、元気な者・そうでない者、喜ぶ者・悲しむ者、社会的立場や民族の違いなどを超えて、神を礼拝することにおいて一つとなる、神の国のイメージなのです。 ●2013年3月3日週報巻頭言
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