メッセージ : 逆転の分水嶺
逆転の分水嶺 ルカ福音書16:19−31
神さまの慈しみと憐れみは生きて働きます。人間の前提や認識を軽々と乗り越え、まさかと思うところに自由に注がれます。ただし、慈しみと憐れみにすがることしか残されていない人や場面においてこそ、それは動きます。「ラザロと金持ち」のたとえ話は、このことを教えてくれます。この世での成功や栄華に溺れいつしかそれを「天国への通行証」だとさえ思い違いしていた特権階級の人々に向けてイエスはこの話しを語りました。
「神の前では、侮っている者が考えもしない逆転が起こるのだ」と。その上でイエスは富裕な人々に問うたのです。「あなたは、自分に与えられた恵みを、門前の貧しき者とわかちあったか。神の国の鍵は、そこにあったのだ」と。
福音とは、私たちの心や魂がいかに満たされ慰められるかという問題です。しかし、同時に福音とは、満たされ慰められたその心や魂が、いかに動くか、誰に動くかという問題でもあります。あらゆる逆転劇を引き起こす神の自由なまなざしは、しかし、身近な隣人、助けを求める人々と私たちの交わりを、しっかりと見つめておられるのです。
●2月5日 週報巻頭言より 吉高 叶
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