【私たちの手。キリストの祝福。】
成人の男たちだけ数えても5000人を超えていました。弟子たちは、嫌な予感がしました。自分たちの力量では、この人たちを満たすことなどとうていできない。「そうなる前に、問題を回避しましょう」「この辺で切り上げて、それぞれの自己責任にまかせることにしてはどうでしょうか」。弟子たちは、イエスにそう進言します。現実自体が「無い」「できない」ことを立証していました。算段が成り立たないのです。どだい無理なのです。
けれども、イエス様は、初めからそれと勝負しておられたのです。そこ(無理)においてこそ、いかに生きるか、神を信じるかを問うておられたのです。
「あなたたちの手で食べ物を与えなさい」。あなたたちの手で! その手が立ちはだかる壁に触れ、その手から恵みが生まれ、その手から他人の手へと広がる。主イエスは、弟子たちの手に神の御業を触れさせ、彼らの算段をうち砕き、経験を刷新していこうとしておられます。
私たちキリスト者は、確かに小さいすぎる存在です。この世に対して、あまりにも情けない力にしか見えません。けれども、五つのパンと二匹の魚(私自身への恵み)があります。そして「私の手」が確かにここにあります。気づくなら、キリストの祈りが傍らにあるのです。もし私たちが、この手を捧げないのなら、この手が重く喜ばしい籠を抱えることもまた、永遠に無いでしょう
●1月8日 週報巻頭言 吉高 叶
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