✣ 苦難を担った人物 ✣
南ユダ王国は、前6世紀の初めに大国バビロンとの戦に敗れ、国の中心だった人々は捕囚として敵地に連れ去られた。約60年後、ペルシャがバビロンを滅ぼすと、民は解放されて祖国に帰還した。この時代に、旧約聖書のエベレストにも例えられる「苦難の僕(しもべ)」は記された。
その人物は、輝かしい風格も容姿もなかった。軽蔑され、人に見捨てられた。自分自身の罪科ゆえに、悲哀の中を這いずり回っていると思われた。しかし、僕本人が悪いのではなかった。私たちの罪科ゆえだった。彼は他人の身代わりとして苦難や痛みを担い、とうとう死に渡される。
いつの時代も、人間は意識するか否かは別にして、他人に犠牲を強いて生きていないだろうか…。東日本大震災に依る原発事故で、福島の子ども達の甲状腺癌の罹患率は驚くほどの数値だと聞く。しかも被災は今も続く。イエスのご受難と十字架上の死は何だったのか。人間に死をお命じになった神は、その人間を心から愛しておられる。矛盾とも思える事の解決には、ご自身が痛むしか道はなかったに違いない。
十字架に依る主の死は、我々人間の心の奥底にある罪の購いである。ご受難は我々の苦悩を理解するためなのか。レントの日々に、あらためて主のご受難と死の意味を考えてみたい。
●2月25日 週報巻頭言 古賀 公一(花野井バプテスト教会 牧師)
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