✣ 荒れ野を行く ✣
旧約聖書・出エジプト記には、今からおよそ3300年昔に起きたイスラエル民族のエジプト脱出の様子が記されています。これは神を信じる人々の間で親から子へ、子から孫へ、何世代も語り伝えられた“口伝”が、後世の人々によって一つの物語にまとめられたものです。この書が伝える教えの一つは、信仰が体験となり、その体験が新たな信仰を生む“霊的覚醒の継承”です。
エジプト王ファラオは、イスラエルの民がエジプトから出ることをついに許可しました。民族大移動が始まります。エジプトから神の約束の地カナンへ至る最短コースは“ペリシテ街道(海の道)”を北上するルートです。この街道はエジプトとメソポタミアを結ぶ重要な国際交通路でした。十日程で目的地に到着します。ところが神はこの道を行かせず、“荒れ野の道に迂回”させました(13:18)。なぜ、まわり道なのか?
街道にはエジプトの砦があり、ペリシテ人の都市国家も点在し、直進すればエジプト軍、ペリシテ軍との衝突を避けられません。神が共にいれば戦争に負けることはないでしょう。しかし、神が望むのは戦争に勝って傲慢な民族になることではなく、常に神の被造物であることを忘れない“謙遜な神の民”になることでした。
●7月19日 週報巻頭言 山田 幸男
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