『イエスと二人の強盗』
きょうから受難週に入ります。この週の金曜の朝、イエスさまは十字架で贖(あがな)いの死を遂(と)げます。しかし三日の沈黙を経て、日曜日の朝、復活します。 イエスさまが十字架に磔(はりつけ)られたとき、二人の犯罪人がイエスさまと一緒に十字架で処刑されました。この二人の条件はまったく同じです。ところが、一人は変わり(悔い改める…自分の罪を告白)、一人は変わらない(悪態をつく…自分の罪を自覚しない)。同じ境遇にありながら、なぜ、こうした違いが起きるのでしょうか。 条件は同じでも、まったく違う結果が生じるのは、めずらしいことではありません。同じ親から生まれ、同じ環境で育った子どもたちが、まったく違う人生を歩むという話を耳にします。条件は同じなのに、なぜ、結果が違って来るのでしょう。ある人は幸せに、ある人は不幸になるとしたら、どこが違うのでしょうか。 幸せになる人には共通する特徴があります。自分で選べないことよりも選べることに注目する。自分で変えられる所を見つけて、そこを積極的に変える。イエスさまの方へ向き直った犯罪人は楽園(神の祝福)を約束されました。
●4月13日週報巻頭言 山田 幸男
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