説教全文 未来に招かれていない現在はない

投稿日時 2012-05-14 23:42:04 | カテゴリ: メッセージ

未来に招かれていない現在はない
ヨハネ9章1−12,24−41

 一人の盲人の男がいました。うまれつき盲人の男でありました。生まれつきですから彼は、この「不幸」を過去に遡る「何らかの因果」だと周囲の人々から言われて生きてきました。「過去の因果」だと言われて、父も母も形見の狭い思いをしたと思います。本人もそう考えてしまったかもしれません。人々の言葉が心につきささり、両親のことを恨み、自分自身の存在を受け入れられなくて、自己否定の悶々さの中に過ごしてきたのかもしれないのです。
この盲人と、イエス様がすれちがいます。その時、彼を見た弟子たちが、主イエスに尋ねます。
「先生、たとえば、このような生まれつきの盲人が不幸を背負い込むのは何故なんでしょうか。誰が罪を犯したからですか。本人ですか。それとも両親ですか。」
弟子たちは、もう、すでに、人間的な思いから来る勝手な思いこみを二つも三つも重ねています。盲人は不幸だと断定してしまっていること。それは罪の結果だと考えてしまっていること。そしてそれは過去の因果によるものだと思いこんでいること。その上、そんな「真理問答」のために、その盲人を軽々しく引き合いに出してしまったことでした。弟子たちは、この盲人にふれあおうとしたのではなく、この盲人を見て、「人間の不幸とその原因」について論じようとしたのです。人間がとかく陥ってしまう、冷たい関心、愛のない議論、です。

 ところで、病気や「障害」の問題に限らず、人間がある特定の出来事を説明する場合は、多かれ少なかれ、たいがいその理由を過去に求め、過去から説明しようとします。「あれが悪かった。」「あのときににああしなかったからこうなったのだ。」
過去を省みたり吟味したりすることは、何も悪いことではありません(とりわけ、歴史に学ぶということは格別に大切なことです)。しかし、その「過去」についても人間は全てがわかるわけではありませんで、特に人間的に説明がつかない事柄、不条理で、謎に満ちた出来事の場合、謎が多いぶんだけ、どうしても因果論や宿命論になっていきがちです。そして、それらの過去の因果には手が出せないが故に、人間は時として現在(いま)に対して悲観的になり絶望的になってしまうのです。けれども、人間の人生の現在を見つめる作業は、そこで終わるべきではありません。ほんとうは、そこから始めていくべきです。
主イエスはおっしゃいます。「本人の罪でも両親の罪でもない。神の業が現れるためである」と。それは罪の結果でもなければ、過去の結果でもない。神さまから、これから与えられる業、未来の出来事から彼もまた招かれている。神がこの人になさうとする御業がある。そして、この人もまた、そのような未来に対して生きているのだし、生きていくことができるのだ。「結果としての現在ではなく、未来から招かれた姿としての現在」、それを全ての命の上に照らして行かれるまなざし、これがイエス・キリストの心です。
困難や試練、病気や痛み、そして愛するものとの謎めいた別れ。それらは私たち誰にとっても辛いものです。怖いものです。その試練の痛みや悲しみは、人間を失望・絶望の淵に突き落としてしまいそうに思われます。けれども、それでもなお、私たちの苦しみ、悲しみ、試練、不条理や人生の謎、には、主イエスからの慰めに満ちた語りかけがあります。「あなたは確かに苦しんでいる。しかし、わたしは言う。それらのあなたの痛みには、もはや過去から来る後悔しか宿らないわけではなく、神からの、未来からの『意味を持った招き』が宿る。」と。どんな出来事の中にも、(それは他人が軽々しくは言えないことなのだが)、どのようなあなたであったとしても、そこに神の業があらわれ、あなたには神がどんなにすばらしい方か、つまりはあなたの人生はどんなにも「神の宝」のような人生であることか、を映し出す可能性に満ちているということです。イエス様は、この言葉をはっきりと私たちに語り聞かせてくださるのです。

「イエスさまって何て冷たいのだろう。そんなことを言う前に、この盲人のそばに行って手をとって慰め、労りのことばの一つもかけ、彼が味わっている辛さを少しでも分かち合おうとすればいいのに。」とか、あるいは「そんな言葉を吐くよりも、このような障害を持つ人が差別されたり、侮辱されたりしている世の中を作り替えるために、差別を克服する運動に取り組むべきではないだろうか。」そう思われる方々もいるでしょう。そしてそのような感覚もまたとても大切だし、正しいと思います。
けれども、イエスさまもここで闘っておられます。そして勝ち取られようとしておられます。何と闘っておられるのでしょう。それは、罪や因果に囚われて、悲しみや辛さに打ちのめされて、もはや今を生きる自分に絶望するしかない、そうした虚無と死の力から人間を救い出すことです。人間が「もうだめだ」「どうにもならない不幸だ」と、あきらめたり、望みを失ったりするいかなる状況の中にあっても、神さまは御業をくださる、神さまは生きる意味をくださる、あなたは未来に招かれているという、「希望」と「意味」とを宣言する働きです。イエス様は、この闘いを生き抜かれた方です。
(今朝の説教題、まどろこしいですよね。「未来に招かれていない現在はない」。すなおに、「すべては、未来に招かれている」と付ければいいのに、ですよね。けれども、主イエス様によって引き起こされる出来事は、「・・・にもかかわらず」という逆説です。聖書は常にこの「・・・にもかかわらず」の出来事に満ちています。そして人生の大切な気づきは、順境の中にではなく、ほとんどが逆境の中にもたらされます。だから、「すべては、未来に招かれている」ではなくて、ほんとうに絶望しそうになることが多い、でも「未来に招かれていない現在はない」ということが、イエス様の下で与えられる励ましなのです。)
そして、主イエス様は、彼の目に唾でしめらせた泥を塗り、盲人がその泥をシロアムの池で洗い流したところ、彼の目はイエス様のおっしゃった通り癒されていったのです。

このヨハネ福音書9章の後半部分は、生まれつきの盲人であったこの男の目が癒された出来事を知ったファリサイ派の人々が、よってたかって彼を尋問し、最後には、この男が癒された事実も無かったことにしようとし、もし否定できなくてもイエスという男の行為は悪霊の力によるものだと断定しようとしていく中で、この癒された元盲人が、はっきりとイエス様のことを神から来た人と、証をしていく件です。「わたしには、あの方がどのような方か、あなたがた(ファリサイの先生方)が言うように罪人かどうか、わたしには分かりません。ただ一つ知っているのは、目の見えなかったわたしが、今は、見えるということです。」「神は罪人の言うことはお聞きにならないと、わたしたちは誰もが知っています。しかし、神をあがめ、その御心を行う人の言うことは、神はお聞きになります。あの方が神のもとから来られたのでなければ、何もおできにならなかったはずです。」
この「ただ一つ知っている」(口語訳聖書では「たった一つのことを知っている」)という言葉を読み返すたびに思い出すエピソードがありますのでご紹介したいと思います。それは私の母の事柄(私事)ですので、まことに恐縮なのですが、今日は「母の日」ですので、それに免じてお許しいただきたいと願います。

 私は、神学部に行きまして、初めて「批判的な聖書の読み方」に触れました。聖書を、これもまた歴史的な文書の一つとして、考古学、言語学などの科学の手法によって分析する研究の仕方です。そのような批判的な読み方も、福音の光のもとに位置づけなおして勉強すれば意味があるのですが、まだ神学生の頃はそこまで行きません。すっかり、そのような科学的な分析の方法にかぶれてしまいまして、聖書学の上っ面な部分だけに影響されまして、たとえば「聖書に書かれている奇跡の事実は、実際には無かったのだ。問題はどう解釈するかだ」とか、今考えればとても愚かしいことですが「この歴史の中でキリスト教が犯してきた数々の過ちを振り返るなら、教会の存在こそが罪である。イエスのように生きるつもりなら、教会という制度を無くしてしまった方が、神のためなのではないだろうか」とか、そんなことをいつも議論していましたし、実家に帰省しては、そんな悪態をつき、議論を両親にふっかけておりました。それが関西学院大学新学部に入学して1〜2年間の私の偽らざる状態でした。
「物事に対して批判的な精神を持つことについては良いことだ」と、父はその議論をできるだけ受け止め対論をする形で若い私と向かい合ってくれました。けれども母はいつも私の言葉の途中で激怒しました。涙をこぼしながら激怒しました。特に、「神さまの奇跡、イエスさまが行われた奇跡は非科学的だ」と、「そのまま信じる必要はない、要は解釈だ」とあっさりと語る私の言い方に対しては、顔を真っ赤にして反論しました。そして母が私に抗議するために語った話はこういうものです。

「西南学院の神学生時代、自分と父さんは、吉高の親に反対され勘当されて、無一文で神学校に行った。貧しい神学生を、西南学院の院長・E.B.ドージャー先生が気の毒に思ってメイドハウスに住まわせてくれた。メイドとしての給金をくださるためだ。その事件が起こったのは、ちょうど、ドージャー先生夫妻が3ヶ月の休暇のために帰米し、宣教師館の留守中を守っていたときだった。わたしは妊娠5ケ月、あなたを胎に宿していた。自分でマタニティーを縫っていたんだ。アイロンがけをしなければならない。でもメイドハウスにはコンセントがない。それで、ドージャー先生のお宅の居間のコンセントでアイロンを熱しては、それをメイドハウスに持って帰ってアイロンがけする、それを繰り返していた。
そのとき(ちょうど居間のアイロン台の上にアイロンを乗せて一息ついていたとき)、田隈教会の一人の婦人が飛び込んできた。ただごとではない様子。のっぴきならない状態なので(実はこの女性が、今年の1月に亡くなられて、遺言に、吉高叶牧師に自分の葬儀をして欲しいと遺しておられた故に、わたしが福岡に出向くことになった森ミネ子さんです。彼女は森小三郎という人の後妻に入ったのですが、彼の子どもたちから継母といじめられ、その悩みを通してドージャー先生と出会い、ドージャーハウスに出入りし、そしてわたしの両親とも懇意にしていた女性です。とこがこの森小三郎さんが陸軍の軍人あがりで、癇癪を起こすと日本刀を振り回す人でした。その日も、小三郎さんが暴れてどうしようもないので、なだめて欲しいということで、わたしの両親に助けを求めてきたのでした)どうしても一緒に来て欲しいと彼女が手を取って言う。兎にも角にも彼女の家に、夫共々飛び出していった。ドージャー先生のお宅の勝手口も押したら閉まるドアでそれをバタンと閉めたまま、飛び出した・・・。それが土曜日の話。夜遅く帰ってきて、すぐに寝た。次の日は日曜日。田隈教会に朝早くから夕方まででかけ、次の月・火曜日は縫い物をせずにすっかりアイロンのことを忘れ、水曜日、つまり土曜日から数えて足かけ5日目にアイロンをしようと木の箱を開けてびっくり。そこで、アイロンが母屋にあること、付けっぱなしであることを思い出した。血相を代えてドージャー先生の勝手口を開けて飛び込みましたところ、アイロンを置いていた金属製のアイロン台がぐにゃぐにゃに溶け落ちていまして、アイロンが床の上にぺしゃりと落ちている。あわてて水をかけてアイロンを持ち上げたら、アイロンの形そのままのかたちで床がズボッと抜けたんだそうです。
まわりに水をかけ、地下室におりていってしたから天井にむかって水をかけ、そこで腰を抜かしてしまった。そしてはいずるようにして勝手口から表に出たところで、もうこみ上げるような恐れがおそってきて、「神様ありがとうございます、神様ありがとうございます」。土下座したまま半狂乱で泣き、さらにそのまま腰が抜けて立てない。泣きながら地面に座り込んでいるところに、授業を終えて父や斉藤正人先生(帯広)や中條儀助先生が帰ってきて「どうしたんや」ということになった・・・。
その話を翌日神学校で話した。同期には、岩波、斉藤、松倉、内藤、安藤、寺園、そうした方々がいらっしゃった時代です。「そりゃ途中で電気が止まってたんでしょう」と言う人もいたけれども、あとで分かったことだが、電気代はたった5日間でいつもの月の何倍もになっていたそうです。5日間アイロンを着けっぱなしにして火事にならなかったことはほんとうに奇跡的です。普通はコードから火がでます。神学校の先生が、あなたたちはこの事件に遭遇しただけでも神学校にきた意味がありましたねと言ってくれたというのです。
あの神学校での体験が、私の父母、とくに母の原体験でもあるわけです。
「神は守って下さる、神さまは奇跡をなして下さる」という明確な原体験となっているのです。ですから、母は私の言葉にいつも激怒した。「聖書に証されている神様の力、イエスさまの力を侮るな。神学校に行って、神様に対する不信仰を学んで帰ってくるぐらいなら、今すぐに大学をやめなさい」といって泣いて怒ったのでした。
彼女は、言います。「母さんには神学はわからん。でもたった一つのことを知っている。それは神は私を哀れんで下さり、私を守り私を助けてくださったんだ。」あのアイロンは、母の胸の中に神守りたもうという明確な焦げ後をつくったんですね。

ファリサイ派の人々、そして律法学者たち。彼らは、たくさんのことを知っている、たくさんのことをやってきた。たくさんのことが出来ている。その彼らにとって、盲人の目が開いたことは彼らの理解を越える大きな問題だった。そして、大慌てになって、その事実をうち消すために、「本当にあの盲人なのかどうか」両親まで引っぱり出して尋ねる。本当に盲人だったのか、本当は盲人のふりをしていただけではないのか、とでも言わんばかりにです。「そんなわけが無い。だいたい安息日にそういうことをしてはいけないんだ。安息日を破る輩はどだい罪人であって、罪人にそういう業ができるはずがない。」そして元盲人を脅します。「おまえは、あのイエスを今後どう証言するつもりだ!あの罪人を」と、証言すればおまえもただじゃおかないという恫喝を加えていきます。狼狽えて、自分たちが見て聴いて学んで実行してきたことを守ることのために、一人の人が癒された事実を寄ってたかって無きものにし葬り去ろうとしている。
そんな彼らの中で、この癒された男が語った言葉、それは「ただ一つのことを知っています。私は盲人であったが今は見えるということです」この事実、この一人の人に起こった出来事は決して体制や権力が襲いかかっても葬り去ろうとしても消すことの出来ないものです。
それは、ローマ帝国が全力を尽くして迫害をしても、ひとにぎりのクリスチャンの証言を握りつぶすことができなかった力でもあります。多くのことを知る。しかし、そのたくさんの知識やこの世の知恵やこの世の地位が、自分を身動き出来ぬようにしてしまうことがあります。「見える、解る、出来る。」文明と科学の進歩は人類を、そのように豪語する者に変えてしまいました。しかし、それゆえに進歩した人間に見えなくなっているものがあるのではないでしょうか。神様が与えて下さる力、一人の小さな私に神は関わって下さるという事実、そして私という存在が、神の力が現れるための命であるという生命観、こうしたものを見失ってしまっているのではないでしょうか。
劇的な体験が必要だと言いたいのではありません。しかし、私たち一人一人が「私がそれなのです」「わたしはイエス様によって生きる力を与えられています」という証しを持つことから伝道は始まります。わたしは小さな者です。貧しい存在かもしれません。複雑なことや、こんがらがったこの世界をほどく政治・経済の知恵はあまりありません。でも、たった一つのことを知っています。イエスは私の救い主です。そして神様は私を愛し、私と共にいて私を守り、私を助てくださる方。私の現在は、この神さまが表してくださる未来の御業に招かれています。だから、どんなに暗い時代でも、私たちは、イエス・キリストによって絶望することができないのです。
このことだけを証できる者たちとして、生きていようではありませんか。

                                了






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